西安〜敦煌の高鉄で読んだもの。この本自体、まとまりのない雑記帳のような本なので、おれのメモも箇条書きでいく。
・アジャンター壁画。グプタ芸術は「蠱惑的」。女の体をなまめかしく描きすぎ。
・焦燥感
昨夜父は言った。お前の今やっていることは道のためにどれだけ役にたつのか・・・この問いには返事ができなかった。・・・実をいうと古美術の研究は自分にはわき道だと思われる。(p26)
こういう学生然とした焦燥感、よくわかるけど、おれは全然耐えられなかった。もしおれに、20代いっぱい耐える覚悟があったら、なんかの研究者の端くれくらいにはなれただろうか。おれにはそういう生き方へのかすかな憧れがある。けど、まあ無理だったわな。
・現代人が仏像を観る眼
われわれが巡礼しようとするのは「美術」に対してであって、衆生救済の御仏に対してではないのである。たといわれわれがある仏像の前で、心底から頭を下げたい心持ちになったり、慈悲の光に打たれてしみじみと涙ぐんだりしたとしても、それは恐らく仏教の精神を生かした美術の力にまいったのであって、宗教的に仏に帰依したというものではなかろう。宗教的になり切れるほどわれわれは感覚をのり超えてはいない。(p40-41)
これは当たり前かもしれないが、極めて重要な指摘だと思う。おれ達は仏像を単なる美術品として観ている。それは当初作られた目的とは違う鑑賞の仕方なのだ。みうらじゅんも似たようなことを言っていた気がする。
・浄瑠璃寺
この山村の麦畑の間に立って、寺の小さい門や白い壁やその上からのぞいている松の木などの野趣に充ちた風情をながめた時に、わたくしはそれを前にも見たというような気持ちに襲われた。(p50)
今行ったらどんな感じなのかね。現代っ子のおれには、ガキの頃野山で遊んだ記憶なんてものはないが。
堂の中に歩み入ると、・・・ひどいほこりだという嘆声をつい洩らしたくなる。(p52)
戒壇の権威はもう地に堕ちている。だからこそわれわれは、布をかぶせてはあるが土足のままで、この壇上を踏みあらすこともできるのである。(p53)
和辻の巡礼は1918(大正7)年である。100年前は戒壇院は埃まみれで、土足で壇上に登ることもできたのだ。あの美しい四天王が、今から見るとびっくりするほどぞんざいに扱われている。こういう嫌な発見がほかにもいくつかあった。
・疲労
1日の間に数知れぬ芸術品を見て回って、夕方には口をきくのが億劫なような気持ちで帰ってくる。(p62)
詩情もへったくれもない平凡な一文だが、これめちゃくちゃわかるんだよなwお寺巡りはかなり疲れるんだよ。 おれはQPコーワゴールドαなしではきつい。和辻大先生も同じだったんだなと、シンパシーを覚える。
・奈良博への苦言①
それにつけても博物館の陳列の方法は何とか改善してほしい。・・・そのために特に一室を設けてもいいような傑作が、いくつも雑然と列べられている。(注:これは大正8年ごろのことで、そのころには入り口正面に向かって聖林寺の十一面観音、それと背中合わせに法隆寺の百済観音などが立っていた。)・・・「こういうことは日本の恥である。こういうことがあるから西洋人が日本人を尊敬しないのである。」(p65-66)
和辻は博物館への苦言をかなりたくさん書いている。確かに、百済観音と聖林寺十一面観音を背中合わせはひどいな。廃仏希釈の波は止んでいるとはいえ、日本の文化財保護はまだまだ未成熟だったのだろう。そこから学芸員の方々などが頑張って、現代の手厚い保護と公開の両立が実現しているのだ。
また他方で、この時期の日本人の(というか非西洋人皆そうかもしれないが)強烈な西洋コンプの片鱗もうかがわれる。
しかして、読み進めると分かるが、こいつ、一般の客としてではなく、コネを使って特別に早く開けてもらったり、非公開のものを見せてもらったりしているのだ。それなのに平気で遅刻したりしている。読んでいて、態度が悪くてちょっとイラっとした。
・聖林寺十一面観音
わが十一面観音は、幾多の経典や幾多の仏像によって培われて来た、永い、深い、そうしてまた自由な、構想力の活動の結晶なのである。
・・・インドの限りなくほしいままな神話の痕跡
・・・抽象的な空想のなかへ写実の美を注ぎ込んだガンダーラ人の心
・・・沙海のほとりに住んで雪山の彼方に地上の楽園を望んだ中央アジアの民の、烈しい憧憬の心
・・・あらゆるものを豊満のうちに生かし切ろうとした大唐の気分(p68)
和辻の最推し仏像はこれである。このようなシルクロードの気分に、「16の少女のように可憐な大和の山水」の気分がひとつまみされることで、この像が完成したらしい。なるほど。
・百済観音
ガンダーラやインドの美術はシナにはいってまず漢化せられた・・・シナの美術が全面的にギリシア美術の精神を生かしてきたのは、ガンダーラが廃滅に帰した後、恐らく2世紀以上もたってから、玄奘が中インドのグプタ朝の文化を大仕掛けに輸入した後のことらしい。(p76)
これが美術史的に正しい理解なのか知らんが、素人目には確かにそうかもなという気もする。こういう半ば空想の混じった観念的な話をスパッと断定口調で言い切れる人は哲学者に向いている。おれは保守的な人間だから、からきし向いてない。
・光明皇后のアカスリのエピソード。これは色々な方向に広がりを持つトピックだと思う。まず前提として、「西金堂作った聖武天皇の妃」程度の知識しかなかったから、「美しくて慈愛がある」というパブリックイメージがあることを初めて知った。
でこの、美しい妃が汚い病人の垢をクチで吸うという話、もちろん宗教的なありがたい逸話なんだけど、でもさ、なんでこんな話が広まったのかといえば、、まあいいや。他方で、この逸話は、前近代におけるライ病患者の救済の思想的な根拠になっていたのではないか、ともうかがえる。まあ色んな見方ができるねんな。
・法華寺十一面観音
今話題にした光明皇后をモデルにしたという伝説がある像らしい。ガンダーラの見生王という人が、観音の姿を拝みたいと思ったところ、日本の皇后の姿だよというお告げを受け、文問師という仏師を遣いに出す。文問師は日本にたどり着き、光明后の許しを得て、これを模した仏像を3つ造り、1つを本国に持ち帰った。
この観音は平安時代作らしいので、これは明らかに作り話だが、そういう伝説があるほど美しい像ということだ。「蠱惑的」な美しさであるが。
・唐招提寺金堂
大海を思わせるような大きい軒端の千のうねり方、-特にそれを斜め横から見上げた時の力強い感じ、-そこにはこの堂をはじめて見るのでないわたくしにとっても全然新しい美が感ぜられたのである。(p154)
かつて堂の西側の松林のなかに立って、やはり斜めうしろから、この堂の古典的な、堂々とした落ちつきに見とれた(p156)
金堂の建物はじっくり見てみたい。
・薬師寺薬師三尊
この本尊の・・・豊麗な体躯は、蒼空のごとく清らかに深い胸といい、力強い肩から胸と腕を伝って下腹部へ流れる微妙に柔らかな衣といい、この上体を静寂な調和のうちに安置する大らかな結跏の形といい、すべての面と線とから滾々としてつきない美の泉を湧き出させている
ギリシア彫刻を見て感ずるあの人体の美しさではない(p180)
たしかに、仏像に西洋とは別の美的感覚をみるというのは卓見に思われる。人体をいくら研究して写実的に表そうとしても、それだけでは、この三尊のごとき神聖さには到達しえないのだろう。顔の表情もそうだけど。
世界に比類のない偉大な観音
わたくしたちは無言のあいだあいだに詠嘆の言葉を投げ合った。それは意味深い言葉のようでもあり、また空虚な言葉のようでもあった。(p194)
ちなみにこの岩波文庫は改訂版。初版は20代の時に書いたものだが、後で恥ずかしくなって書き直したらしい。初版のものは全体的にもっと激情ほとばしっている。さらにその元ネタのノートがあるらしく、そこでは、薬師寺聖観音に出会ったとき、涙がボロボロ出た、みたいな記述がある。
この本を読んで思ったんだが、おれってかなり感受性が死んでるんだな。おれも薬師寺三尊や聖観音を観て、きれいだなとは思ったけど、まあ出ねえなあ、涙は。出ねえよ。こころに水をやらずに生きてきたってことなのかな。これまでの生き方がなんだか恥ずかしくなってきた。今更大きく変わることはないだろうが・・・
・奈良博への苦言②
古美術が一般の国民に開放せられていない現状を不満に思った(p211)
いい芸術はまず第一にそれを求むる者の自由な享受を目指して処置せられるべき(p212)
遅刻して行って、偉そうによく言うぜ。
死者の書(折口信夫『死者の書 身毒丸』 - あかりの日記)でも描かれた中将姫伝説。中将姫が一晩でやってくれました。
しかし、現存の曼荼羅は実際には麻と絹でできているらしく、この伝説は残念ながら嘘っぱちなのだ!なんてこった。
蓮糸でなくてはならないのは幻想の要求である。蓮糸で織ったことが嘘であってもこの幻想の力は失せない。(p238)
・三輪山の話
古代神話に重大な役目をつとめているこの三輪山はまた特に大和の山らしい。なだらかで、長く尾をひいて、古代の墳墓にみられると同様なあの柔らかな円味を遺憾なく現している。山を神として拝むのは原始時代に通有のことであるが、しかしこういうなだらかな線や円味を持ったやさしい山を崇拝するのは、比較的にまれなことではないであろうか。(p245-246)
非常に興味深い指摘だと思ったのでメモ。
・金堂壁画
この画こそは東洋絵画の絶頂である
この画の前にあってはもうなにも考えるには及ばない。なんにも補う必要はない。ただながめて酔うのみである。(p268)
法隆寺壁画をじっくり観た記述が残っている。そのこと自体が大変貴重なことなのだろう。
・夢殿救世観音
この微笑をモナリザの微笑に比するのは正当でない。・・・モナリザの微笑には、人類のあらゆる光明とともに人類のあらゆる暗黒が宿っている。この観音の微笑は瞑想の奥で得られた自由の境地の純一な表現である。(p293)
・中宮寺菩薩像
慈悲の権化である。人間心奥の慈悲の願望が、その求むるところを人体の形に結晶せしめたものである。
わたくしの乏しい見聞によると、およそ愛の表現としてこの像は世界の芸術の内に比類のない独特のものではないかと思われる。(p301)
こういう感受性で巡礼したいものだ。まあなかなか難しいが。以上。
