この秋、おれは2回東洋館に行った。そのうちの一度は、職場の同僚や上司と行った。飲み会でいつも仏教や仏像の話をしていたら(おれは酔うと一人で延々と喋り続けるタイプのコミュ障だ。)、じゃあ連れてってくれやという話になってしまったのだ。参った参った。
まあそれはいい。東洋館の仏像についてだ。なかなか詳述する時間がとれなかったが、日記の形にしておいた方があとあと役に立つだろうから、とりあえず写真だけでもあげておく。2025年の9月頃に撮影した写真だ(あまり展示替えもないだろうが、念のため。)。
宝慶寺石仏
宝慶寺石仏については奈良博と西安の日記で触れたので、そちらを参照してほしい。
この石仏群を世界で最も多く所蔵しているのは、ほかならぬ東博なのだ。















仏菩薩の姿だけでなく、台座のヤクシャや飛天なんかも、薬師寺三尊や敦煌の壁画そっくりだろ?
敦煌ー長安ー大和盆地。それぞれ数千キロも離れ、砂漠や海で隔てられた土地に、おんなじモチーフが見られる。これこそがシルクロードのロマンなのだ!!!
そのほか中国の仏像



















石仏の後ろに千仏が描かれたり、結縁者の名前が銘記されたりするのは、西安の博物館で見た仏像と共通している。また、顔つきも飛鳥〜天平の仏像との対応関係を確認できるだろう。
インドの仏像
ガンダーラ様式の仏像を確認できた。これが仏像の歴史の出発点だ。









マトゥラーの仏像は顔立ちがインド化している。初転法輪、涅槃などの有名なシーンの描写もある。
仏像以外は時間の関係でじっくり観られなかったが、後漢時代の画像石などもあった。西安碑林でも似たようなものを観たが、一つだけ紹介。

上の段は西安碑林にもよくいた西王母。面白いのは中段だ。一番右が周公旦、その横が成王らしい。幼い王を周公旦がよく輔弼していることが端的に表現されている。周公旦といえば、孔子が聖人として絶賛した人物だ。郁郁乎として文なるかな。この絵が彫られた後漢時代にはすでに、儒教的な歴史観が広く浸透していたことがよくうかがわれるな。
それからそれから、東洋館には、大谷探検隊のコーナーなんてのもあってな。大谷探検隊の話は、ここで少ししたけど。
そんなところにいると、美術品の略奪なんかについても、よしなしごとがそこはかとなく心に浮かんでくるわけだが。しかし残念ながら、それを語る気力も時間もないので、またの機会にする。
じゃあそのへんで。





