あかりの日記

おっ あっ 生きてえなあ

スコットランドに行ってきた話②ハイランド・スカイ島

akariakaza.hatenablog.com

の続き。

Timberbushというツアー会社の、エディンバラ発・3日間のハイランド・スカイ島ツアーに参加してみた。

www.timberbush-tours.co.uk

10~15人で、小さなバスで回る感じ。客同士結構仲良くなれるし、ガイドもフレンドリーで博識な方だったので、大変満足度が高かった。もうここのところずっと一人旅だが、ツアーはツアーで良い。別にここの回し者ではないがおまえらにもおすすめしたい。

 

1日目

エディンバラからハイランド西側を通ってスカイ島のポートリーに行く。

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このマイクロバスで行く。日本人はもちろんおれ1人、半分くらいがインド人で、フランス、スウェーデン、フィリピン、香港など。イギリス人は1人もいなかったが、車で回るんだろう。


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スコットランドに伝わる、水の怪物ケルピー。人間をおびき寄せて食うとか、触ったら取れなくなるとか

Callendar

ハイランドの入り口に近い町カレンダー。のどかな田舎の村。

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ここを通り過ぎると景色が大きく変わる。

⁠Loch Lubnaig
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いきなりV字谷の地形になる。水は澄んでいる。

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ここを過ぎたあたりから、看板に英語だけでなくGaelicゲール語の表記も現れた。ゲール語を話せるのは数万人程度らしいが…


⁠Glen Coe
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スコットランドで最も風光明媚ともいわれるグレンコー渓谷。

その美しい景色とは裏腹に、17世紀末、ウィリアム3世への忠誠を誓う文書への署名が遅れたマクドナルド一族が皆殺しにされたグレンコーの虐殺という凄惨な事件の舞台でもある。

 

⁠Fort William
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フォートウィリアムで昼食。対岸に見えるのはもうスカイ島である。本土とスカイ島はすぐ近くなんだね。この辺り一帯の地形は、氷河が削った土地の間に水が入り込んでできており、ノルウェーのフィヨルドなどと原理は同じである。

この辺りで、ほかの参加者と仲良くなってきた。インド人のオックスフォードの教授、スウェーデンの母と息子、フランスの母と娘。おじさんがカーチャンを連れて旅行行くってのはいい文化だな。また、香港の学生君が日本に興味津々であり、連絡先も交換して大変仲良くなった。

 

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WW2戦没者の銅像。

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この像のある丘から、イギリス最高峰であるベン・ネヴィスが拝める。

最高峰といっても標高1300mほど。だが、ガイドのいうことには、1300mをなめてしょぼい装備で登って死ぬ人が後を絶たないらしい。ほぼ海抜高度から1300m登るのでそこまで楽ではなく、さらに上の方には鎖場みたいなところもあるらしい。


⁠Portree

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スカイ島の真ん中らへんの港町、ポートリー。おれはBnBに宿泊。ホテルはバカ高いが、BnBで全然いい。窓から見たオーシャンビュー。ホストもとても快く歓迎してくれた。

しかし1つ問題が。なんと宿泊料が現金のみだったのだ。この島にもATMがあったので助かったが、宿の支払が現地のときは、カードを使えるか確認するか、ある程度現金を持ってないとだめだな。勉強になった。

 

2日目

この日はスカイ島を1日回る。

この旅行中ずっと天気が良かった。素晴らしいことだ。

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外を見ながら朝食。

ここにアメリカ人の2人組が泊まっていて、一緒に飯を食ったが、Timberbushの別のバスのツアーの人だった。これもおばちゃんとおばあちゃんの母娘での旅行だった。パリを旅行した後ここに来たらしい。いい暮らしだな。

Untethered (highland cows)

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ハイランドはこのロン毛の牛(ハイランド・カウ)が有名らしい。牛見ながら優雅にコーヒー。

 

⁠Lealt Falls

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滝の前で記念撮影した。

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スカイ島の絶景。

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⁠Fairy Glen

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非常に不思議な地形だが、何なのかよくわからなかった。1枚目の写真に写ってるおっさんがダウジングをやっていたが、強力な磁気の流れを感じるらしい。ほんとか?

⁠Dunvegan Castle

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マクラウド家という名族が代々受け継いできた古城。現在の建物は19世紀の再建らしいが、中には古い名品が多い。

城の中に、仏独伊中と各国言語の説明の紙(使用後返却)があって、日本語もあったのだが、明らかに日本語のやつだけほぼ使われておらず新品同様の綺麗さで、悲しくなった。日本人は外に出ないんだなあ。

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城の幾何学庭園が有名だ。

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⁠Talisker Distillery

言わずと知れたシングルモルトの名ブランド、タリスカー蒸留所。外は潮風の香りでいっぱいだった。

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蒸留所のexclusiveってやつを飲んでみる。うん、煙臭くはあるけど、前日のラガヴーリンと比べればまろやかで飲みやすい。あと海の匂いってのは、言われればまそうかな、って感じ(笑)

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50年物が6000£(約130万円!)

 
⁠Sligachan River

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スカイ島ツアーで必ず連れていかれるスリガチャン川には、有名な伝説がある。

その昔、スカイ島には、最強の女巨人・Scathach(?)がいた。一方、アイルランド島にもめっちゃ強い女巨人Cu Chulainn(?)がいた。Cu Chulainnは、Scathachと勝負するためにスカイ島にやってきて、2人の巨人は戦いを始めた。なかなか決着がつかず、心配に思ったScathachの娘は、妖精たちに、この川で7秒間顔を洗うと妙案が浮かぶよ、と教わり、その通りにした。そうすると、実際にいい案が思いついた。娘は島中の名品で豪華なご馳走をつくり、Cu Chulainnを招待した。2人の巨人は一緒にディナーを楽しんで仲良くなった。めでたしめでたし。

てなわけで、この川で7秒顔を洗うと賢くなれるらしい。やってみた。賢くなったかな?

 

Old Man of Storr

スカイ島で一番有名な場所が、この奇岩・オールドマンストールである。ツアーを一回りした後、一部の参加者でここに登ってみた。

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ちなみにこの横の土がピートらしい。こういう、そこらへんの土を焚いた匂いをありがたがってるわけだな、ウイスキー好きの人たちは。

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ウィンドウズの背景みたいな写真。この右に見える奇岩がオールドマンストールである。

 

この日の夜は仲良くなったインド人と香港人と飲んだ。といっても戻りが遅かったので、パブで飲み物だけ買って広場で路上飲みをした。その後インド人の泊まってるホステルで適当に何か作って食った。学生の頃に戻ったみたいだ、と思ったが、そもそもおれの学生時代にはこんなイベントはなかった。参った参った。

 

3日目

スカイ島からハイランド東側を通ってエディンバラに帰る。

朝起きると霧が出ていた。

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この日もアメリカ人の2人と飯を食った。

Eilean Donan Castle
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スカイ島を出た先にあるアイリーン・ドナン城。こちらも地元の名族の城だったらしいが、この城の方は、18世紀にジャコバイトの拠点になり、破壊。20世紀になってから再建されたものらしい。

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香港君のおじいちゃんは大学の教授をしていて、文化大革命のとき対岸の深センから泳いで逃げたそうだ。おぼれ死ぬ人が多く、近くの川で入念に泳ぐ練習をしたらしい。彼自身も、まあ今の香港に思うところがかなり強そうである、大学を卒業したら、イギリスかオーストラリアか、英語圏の大学院に進学して、ゆくゆくは移住したいと言っていた。

彼は競争社会に疲弊していると繰り返していた。おれも日本の競争社会の中にいたものであり、あるいはまだいるかもしれないが、そこから半分降りる方法を模索しつつある。今のおれには何か助言できるようなものがあるわけではないが。


Loch Ness
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みなさんご存じネッシーのネス湖。ガイドさんがいうには、ネッシーの伝説は、子供を怖がらせて、ネス湖の冷たい水に入らないようにするために作られたんじゃないか、とのことだ。

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見つけたら500万ポンドもらえるらしい。残念ながらおれたちは宝くじを当てることはできなかった。


⁠The Hermitage

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18世紀に隠遁のために作られたこのホールには、スコットランドの伝説上の詩人・オシアンの名がつけられた。

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ホールの中から除いた景色。これは隠遁できるわ。

 

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帰り際、エディンバラ北部の世界遺産・フォース鉄橋を拝むことができた。保護のため、その両端に2本別の橋が架かっている。

 

雑談

この旅行も含めて最近かなり色んな国の人間と喋ったが、おれはいくつか気付いたことがある。1つはネガティブなことだが、欧州、インドなどの世界の非英語圏のかなりの地域において、大卒程度の教育水準の人は、ネイティブと問題なく会話できる程度の英語力があるということだ。おれもまあ喋れなくはないが到底ネイティブ並みとはいかない。まあもちろん各国の事情があるんだろうが、それにしても、日本の状況はかなりまずいのではないか。そりゃ、教育への適応度が低い層の人が英語をできないのはやむを得ないだろうし、それはどこの国でもそうだろうが、それなりに教育を受けて来た層でも、大多数がほぼ英語ができない、というのはやはり問題ではないか。おれ自身について振り返っても、英語のコミュニケーション能力に寄与しているのはここ1年くらいやってるDMM英会話だけであって、ながーいこと受けてきた学校教育は、少なくとも会話力の点では、ほぼ全く役に立っていない。多分。

もう1つは良いことだが、少なくともおれがイギリスで会った人についていえば、その多くが、「日本」や「日本人」にかなり良いイメージを抱いている、ということだ。おれは、「外国人が日本ほめてる」っていうアレは愛国心強い系の人が自画自賛しているだけだと思っていたが、どうもそうではないようだ。日本のサブカル、車、清潔さ、礼儀正しさ、こういうものは掛け値なしに評価されている。お店や公共施設で日本人だと名乗ると相手の対応が急によくなる、ということを何度も経験した。特にアジア系の人は(mainland China含めて)日本にリスペクトを持っている人が多い気がする。これはコミュニケーションをとる上で非常に有利である。(※もちろんそうでない人もいるし、明確なアジア人差別と呼べるものも何度か経験したが、それはまた今度書こう。)

この良いイメージが、少し前の日本人が築いた過去の遺産にすぎないとしても、その神通力はまだ生きている。その効果が完全に切れて、日本がすっかり忘れられてしまう前に、我々はそれにあやかって、もうちょっとだけ外に出てみてもいいんじゃないか。

 

なんというか、違う国の人間と英語というツールで意思を疎通するってのは、特段の目的がなくても、それ自体独特の面白さがある。おれはこのトシになってようやくその面白さがなんとなくわかってきた。こういうツアーは色んなところでやっているようだから、また参加してみてもよいな。

以上。

 

スコットランドに行ってきた話①エディンバラ

8月下旬。なんか音楽祭をやっていて宿が高いということも知らず、おれはスコットランドに行った。まずエディンバラを観光し、しかる後、エディンバラ発の少人数のバスツアーに参加した。まずエディンバラの話。

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町のシンボル、スコット記念塔。スコットランドを代表する詩人スコットさんの像がある。ゴシック・リバイバル様式。

 

スコットランド略史

(ほんとは先にイングランド史をまとめておくんだったな。まあでも長くなるのでいつか時間があるときにやる。)

スコットランドは、中心部を走る大断層の北側のハイランド、南側のローランドに大きく分かれる。

いわゆるローマンブリテンのスコットランドには、ケルト系のスコット人やピクト人といった民族が住んでいたようだ。2世紀にローマによってハドリアヌスの長城が築かれ、そのあたりがイングランドとスコットランドの国境地帯となった。

ローマ軍の撤退後、9世紀頃にスコット人とピクト人が合邦してアルバ王国という統一王朝が成立。11世紀にはシェイクスピアで有名なマクベス王の王位簒奪があった。その次の次の代、12世紀のデイヴィッド1世は、スコットランドにノルマン風の進んだ文化を取り入れるとともに、イングランドノルマン朝末期の王位争いに介入するなどした。

13世紀末頃にはイングランドとの緊張が特に高まる。1295年、カペー朝のフランスと同盟(オールド・アライアンス*1)。他方、翌年にイングランドのエドワード1世長脛王*2がスコットランドに侵攻し、スコットランド王位の象徴である運命の石を持ち去り、ウェストミンスター寺院の「エドワード証聖王の椅子」にはめ込んでしまった。だがスコットランド側もやられっぱなしではない。映画ブレイブハートで有名なウィリアム・ウォレスがスターリング橋でイングランド軍を破り、彼の処刑後も王ロバート・ザ・ブルースがバノックバーンで大勝。スコットランドの独立が承認された。ロバートザブルースがいなければ、スコットランドという独自性をもった地域は存続していなかった、という人もいる。

14世紀後半にはステュアート朝が成立。16世紀には宗教改革が起きるが、国教会一色になったイングランドとは異なり、ローランドにはカルヴァン派が広がり、ハイランドにはカトリックが根強く残った。

16世紀半ば、クイーン・オブ・スコッツとして有名なメアリーが生後間もなく即位する。彼女の話は長くなるので後述する。彼女の長子ジェームス6世が、エリザベス1世死後のイングランド王ジェームス1世として即位し、イングランドスチュアート朝が成立。ここからイングランド・スコットランドは同君連合となる。

周知のとおり17世紀イギリスは激動の時代であり、スコットランドも漏れなく巻き添えを食った。ピューリタン革命が起きるとスコットランドは議会派に味方したが、権力を握ったクロムウェルはスコットランドを敵視して侵攻し併合。王政復古を経て名誉革命が起き、ジェームズ2世が追放されると、オランダから招聘されて即位したウィリアム3世はスコットランド諸侯に忠誠を要求。忠誠宣誓書へのサインが遅れた諸侯が一族郎党皆殺しにされるというグレンコーの虐殺が起きた。

次のアンの時代、1707年に、イングランドとスコットランドを恒久的に合邦する合同法が制定。しかし、スコットランド内の反対派は、ハイランドを中心に、ジェームズ2世の遺児を担いでたびたび反乱を起こした。彼らはジェームズの名を取ってジャコバイトと呼ばれた。

近代に入り、国民国家の時代になると、イングランドとの同化政策が進められたらしい。しかし現在では、タータン、バグパイプ、ゲール語等の独自文化は尊重され、運命の石も1996年に返還された。2014年には独立の是非を問う住民投票が行われたが、反対55%と割とギリギリで否決された。ブレグジットがあったから、今もう1回やったらどうなるかなあ。

 

エディンバラ

散歩

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ハギス・ニープス・タティーズ。ハギスはこの食い方が伝統的らしい。ハギスは羊の臓物のミンチ、ニープスはカブ、タティーズはポテト。まあ思ったより普通に食える。


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こちらウェルカムドリンクになります。ラガヴーリン8年。アイラのシングルモルトはピートくせえなあ。

スコッチは村上春樹で予習してきたんだぜ。まあおれ村上春樹ニガ手なんだが


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ハギス入りバーガー。うん、おいしい!

そこら辺のファストフード店でもハギスのトッピングがあったりする

 

セントジャイルズ教会

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エディンバラの中心の教会。12世紀頃建立で、様式はゴシックかな。宗教改革で内装は改められ、現在はプロテスタントの教会。

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内装。
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ジョンノックスの像。この人の布教により、ローランド地方はカルヴァン派が主流となる。

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右上がカスバート。下がデイヴィッド1世。真ん中が聖ジャイルズ、その左がデイヴィッド1世の母・聖マーガレット。

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スコットランドの国花、アザミ(thistle)。ワレモコウもいる。

 

ちなみに、まったく関係ないが、おれが一番好きな花はワレモコウだ。家に飾っていたこともある。おれの大好きな薫くんが、ワレモコウで一句詠んで敵を撃退する(?)んだが、それが凄くカッコいいんだよ。

しわよせて タバコすうかや ワレモコウ

 

グレイフライアーズ教会

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グレイフライアーズ教会も長老派。

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スコットランドのピューリタンの一部は、ジェームズ1世の弾圧を避け、ピルグリム・ファーザーズとしてアメリカに渡った。その関係もあってスコットランドのプロテスタントとアメリカは浅からぬ関係があるようだ。この建物の一部の木材もアメリカから贈られたとか。

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グレイフライアーズで有名なのが、イギリス版忠犬ハチ公、ボビーである。ボビーは飼い主が亡くなってこの墓地に埋葬された後、14年もそこに通い続けて住み着いたらしい。野良犬を殺処分する法律が制定されると、犬好きのエディンバラ市長がポケットマネーを出して救ったそうだ。

みんなここで写真撮ってたから非常に有名な話なんだろう。

 

スコットランド・ナショナルギャラリー

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19世紀建立の美術館。この上の階にローマ神殿のような2階がある。

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美術館の前にはスコット記念塔と大きな広場。エディンバラは街並みが抜群にきれいだ。清潔でもある。こういうとこに住んでたらQOL爆上がりだろうなあ

 

1階はスコットランド人画家の絵。

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Samuel Peploe。セザンヌっぽい


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Phoebe Traquair。ラファエル前派とか象徴主義に影響受けてそう。


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George Henry。ジャポニスム。


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Jules Leopage。自然主義っぽい感じ。


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William McTaggart。ターナーとかコンスタブルの影響受けてるらしい。

スコットランドの画家というとあまり世界的な知名度のある人は少ないけど、他の地域から色々学んでいたわけだね。

 

2階はオールドマスターズ。ナショナルギャラリーというだけあって、結構有名どころがそろっているぞ。

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おおこれは!フェルメールの現存する最初期の作品、マルタとマリアの家のキリストだ!エディンバラにあったのか。説法に来たキリストが、給仕に勤しむマルタより話をちゃんと聞いてるマリアをホメたという話。

フェルメールの宗教画はこれしかない。だが、これがあるもんで、他にもあるんじゃないかとみんなが探していた。それもあって、非常に有名な贋作事件が起こるわけだ。

ヨーロッパならフェルメールだって並ばなくても見放題だぜ。


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レンブラントの自画像。得意の明暗対比。

 

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フランスハルス。おれ素人だけど、フランスハルスの肖像画ってややコミカルに描いてるからすぐわかるよね

 

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カラヴァッジョ!飲んだくれのノア。くらーい背景に人が浮かび上がっている感じがキアロスクーロだね。うまく撮れてなくてすんません

 

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スペインのマニエリスム期、エルグレコ。劇画チックに描く感じが独特で、この人も見たらすぐわかるよね

 

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ベラスケス。こういう庶民生活みたいなのも描いてんのね


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ベネチア、マニエリスムの画家ティントレット。


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ベネチアの巨匠ティッツィアーノ。


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ラファエロの聖母子。西洋絵画のお手本のような人物表現だ。


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レオナルドの聖母子。肌のぼやあっとした感じ、スフマートというらしい。


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ドイツルネサンスの巨匠クラーナハ。


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ちゃんとターナーも置いてます

 

ホリールード宮殿

旧市街東の方にあるホリールード宮殿は、長らくスコットランド国王の宮殿として使われ、現在はイギリス王室の宮殿となっている。国王は毎年夏に1週間この宮殿に滞在し、公務を行う。

もともとはデイヴィッド1世の建てた修道院が始まりだった。宮殿の左奥の方に修道院の遺構が今でも残っている。

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建物はチャールズ2世によって大幅に再建された。柱が、1階から3階に行くにつれ、ドーリア、イオニア、コリントと段階的に複雑になっていっている。

 

宮殿内部は撮影禁止だった。

宮殿内部には、メアリー・クイーンオブスコッツの寝室がある。1566年、彼女は2人目の夫ダーンリー卿との子を身ごもって、宮殿で食事をとっていた。しかし、メアリとダーンリー卿の関係は険悪。彼はメアリの寵臣リッツィオに嫉妬し、メアリの子はリッツィオとの子ではないかとあらぬ疑いをかける。そして、リッツィオはメアリの目の前で突然リッツィオを殺害した。

メアリはなんとか子供を出産。これがのちのイングランド王ジェームズ1世となるのだ。

もっとも、その後、メアリはジェームズの即位を促す一派と対立し、敗北して廃位される。イングランドのエリザベス1世への庇護を求めるが、逆に幽閉され、ついには処刑されてしまった。

 

ジェームズ1世のイングランド王即位後には、宮殿は継続的な使用はされなくなり、クロムウェルによって破壊。前述のとおり、その後、チャールズ2世によって再建される。

 

1707年合同法の後、宮殿はスコットランドから議会に送り出す議員の選出のために使われている。現在のスコットランド議会は宮殿のすぐ横にある。

 

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前述のとおり、この寺院はデイヴィッド1世によって建立。独立の英雄、ロバートザブルースはホリルード寺院で議会を開いた。ジェームズ1世の結婚式もここで盛大に行われたようだ。

16世紀の宗教改革及び17世紀のクロムウェルの攻撃で打撃を受け、18世紀には決定的に倒壊。宮殿と違ってこちらは再建されなかった。この遺構がメンデルスゾーンの曲のモチーフにもなったらしい。


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宮殿の外にはよく整備された庭園がある。

ところで、この向こうに丘みたいなのが見えるよね。あの向こうに、アーサーズ・シートというエディンバラ市街を望める山があるので、登ってみよう。

 

アーサーズ・シート

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登ってみました。登って、頂上で写真撮って、降りて、合計1時間半くらいかな。

 

エディンバラ城

エディンバラ市内のひときわ高いところにキャッスルロックという岩があり、その上に堅固な要塞・エディンバラ城が建っている。

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紀元前から人が定住していたとされるこの丘は、代々のスコットランド王が軍事拠点として用いた。14世紀初めのスコットランド独立の際にも重要拠点として使われる。

前述した女王メアリの時代の内戦(The Lang Siegeという)によって破壊された後は、イングランド軍の駐屯地として管理された。


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海に面したOne O'clock Gun。毎日1時きっかりに発射されている。昔は船の時計の調節に使われていたらしい。

 

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スコットランドのドラグーン騎兵連隊は非常に勇敢で有名だ。1815年のワーテルローの戦いでは、フランス軍の旗についた黄金の鷲をふんだくって持ち帰ったらしい。

 

マジどうでもいいんだが、珍しく日本人の子連れの観光客がいたんだが、親がガキにBattle of Waterlooのキャプションを読んで「Waterlooってのはロンドンのあそこだよ」と教えていた。まあ、別にいいんだけどさあ。

 

城の地下には牢獄がある。ジャコバイトや戦争捕虜(七年戦争、独立戦争、ナポレオン戦争…)を収容していたらしい。Battle of Britainで撃墜したドイツ兵がここに入ってたこともあるとか。

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牢獄の入口の壁にはいろいろ落書きが残っている。上の方、反射で見づらいけどLord Nordみたいなことが書いてある。これはアメリカ独立戦争時代のノース首相のことだろう。イギリスは1783年のパリ条約で敗戦を認め、捕虜を解放した。


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13世紀~14世紀、スコットランド独立の前後の歴史が学べる。

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13世紀末、エドワード長脛王はスコットランドの王位争いの介入にかこつけてスコットランドに侵攻。エディンバラ城を陥落させ、逆にイングランドによるスコットランド支配の拠点とする。しかし極悪人面に描かれてるな(笑)やはりスコットランドではかなり嫌われているのだろう。

14世紀に入り、ロバートザブルースはエディンバラ城を急襲、奪取。城を破壊することでイングランドの防衛力をそいだ。そしバノックバーンの戦いに勝利し、独立を勝ち取ったのだ。

 

 

 

エディンバラ。観光名所だけなら2日あれば回れます。お城と宮殿は予約推奨。

8月はお祭りのせいで宿が超高い。普通のホテルに泊まろうとすると1泊5〜10万円くらい。ゲストハウスとかホステルで耐えよう。飯もTescoのMeal dealで耐久だ。

 

続く

 

*1:ラグビーシックスネーションズのスコットランド・フランス戦をオールドアライアンスと言ったりするよな。

*2:長脛王はスコットランドをいじめたことからスコッツ・ハマーとも呼ばれる。

お絵描き

 

いやおれね、諸般の事情でイギリスに住まわされてるんだが、とにかく暇なんだよ。色んなとこ出かけたりしてるけど、まだ時間が有り余ってるんだ。参った参った。

だもんで、地元のお絵描き教室に通ってみているのだ。全く未経験だけど、前から習ってみたかったし、英語の勉強にもなるかなと思って。

で、これが結構いいんだよな。veryvery地元の人と友達になれる。留学とか駐在とかしても、地元民と仲良くなるって意外と難しくないか?お絵描き教室はよいぞ。その上、おれのとこはなぜか先生が床屋やってるから、授業に行くと床屋の予約もできちゃう。

 

まあ絵の方は全くヘタクソで人に見せるようなものではないが、供養のために載せてみよう。

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富士山

 

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ブログのアイコンの蓮。ちなみに薬師寺の蓮である。

背景何描いてるかわかんなくなっちゃったけどもうこれでいいや

 

なんというか、こんなことばかりしていていいのか、日々不安ではある。だけどまあ、他にやることもないからしょうがない。今やるべきことはこの国でsomething specialを見つけることだろう。そう思うようにしているぜ。まったく、参った参った。

 

The Odessey

ノーラン監督のオデュッセイア。

おれはニワカだが、好きな映画を聞かれたらダークナイトって答えてる。そのダークナイトのノーラン監督。

テレマコス役はトムホランド。MJのゼンデイヤも出てたし、あとパニッシャーの人もいたよね?ほとんどスパイダーマンじゃん。おれハリウッド映画には詳しくないんだがこういうもんなんかね。

古代の叙事詩というより終始重苦しい人間ドラマって感じだった。巨人とかセイレーンとかよりも、長い航海で疲弊していくおじさん達の描写がリアルで怖い。

バトルシーンはダークナイトをほうふつとさせるスペクタクル。お金かかってるね。

普通に現代語でしゃべってたり、オデュッセウスがトロイア戦争で一般人を殺してトラウマになってる、という若干現代的な倫理観が入ってきたりしてたけど、まあそのくらいは大河ドラマとかでもあるから目くじら立てるほどじゃないな。

 

帰宅

最近とみに気づいたんだが、この世の中には案外面白いものがいっぱいあるな。

思い返すと、物心ついたハイティーンくらいからのおれにとって世の中とはおれを義務で縛りつける地下牢みたいなものだった。まあ今でも、おれをとりまく現在・現実の世界や社会がそうであるという感覚に変わりはない。それはこれからもずっとそうだろうし、おれはこれからも模範囚であり続けるだろう。しかし一方でおれは、この牢屋の中の至るところに、人類が長ーい時間をかけてやってきた営為の痕跡がきらきらと光っていることを発見した。仏像、アビダルマ、中観、唯識、教会、西洋美術。人の営為という事実がぱんぱんに詰まっている。鉄格子のかすり傷みたいに何の意味もないが、面白い。おれを含む人類一人一人が何百年何千年と続けてきた生活すなわち義務の履行が、この面白いものを蓄積してきたとしたら、非常に納得のいくものだ。

最近は暇なのでこういうことをずっと考えている。あんまりやりすぎると現実に戻れなくなるな(笑)参った参った。

義務 - あかりの日記

ちかしつぐらし - あかりの日記

イギリス古寺巡礼⑤グロスター大聖堂

イングランド中部、コッツウォルズ地方のグロスター。英国屈指の大聖堂を見に行こう

 

グロスター大聖堂

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7世紀くらいの修道院を起源として、11世紀のノルマン時代から15世紀末頃にかけて段階的に作られたらしい。

Nave。明確に、手前がゴシックで途中からロマネスク(ノルマン)に切り替わってるよね。

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これこれ。天井だけでなくアーチの様式も違ってわかりやすい。窓も小さい。

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この南翼は垂直ゴシックperpendicular gothicの最も古い作例らしい。イギリスゴシックの様式はカンタベリーの記事も参照。

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Quire。

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複雑に凝ったヴォールトが印象的。

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Great East Window。
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英国最大級のステンドグラスのようだ。ヘンリ8世の宗教改革の際、デザインが変更されたにもかかわらず、てっぺんにはローマ教皇がいる!これは、「高すぎてプロテスタントの手が届かなかった」かららしい(ホントか?w)

 

聖母のチャペル

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空間が明るくて驚いた。壁のほとんどが細い垂直線で仕切られた窓である。まさに「垂直」ゴシックというのに相応しい。

 

Cloister
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扇状のヴォールト天井(fan vault)が美しい。ハリーポッターのロケ地になったらしいが、おれはニワカなのであまりよくわからん。

 

種痘を発明したジェンナーはグロスターのお医者さん。

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プランタジネット朝6代目、エドワード2世の墓。

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先代のエドワード長脛王が有能扱いなのに対して、エドワード2世の評価は低い。幼馴染ギャヴィストンを寵愛して貴族の反感を買い、王妃のクーデターで実権を失い、議会に廃位される。軟禁された後に暗殺される。Wikiによると尻に熱々の火箸を差し込まれて殺されたらしい。残酷スギィ

 

このステンドグラスは、プランタジネット朝4代目、ヘンリ3世の戴冠式だ。

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征服王ウィリアム1世以降、英国王はほぼ必ずウェストミンスター大聖堂で戴冠したが、ヘンリ2世だけは例外的にここグロスターで冠を戴いた。

欠地王ジョンの急死により、1216年、9歳で突然即位することになったヘンリ。フランスの侵攻もあり、グロスターで取り急ぎ戴冠式を敢行。王冠もないので、しょぼい金の輪っこを代用した。

ヘンリ3世はその後、大陸進出を推し進めて議会と対立し、ついにシモンドモンフォールの反乱に至る。このヘンリ3世の大陸進出へのこだわりには、戴冠の経緯のコンプレックスも多少は影響してるんじゃないか?*1

 

 

グロスター博物館

名画はあまりなかった。19世紀のグロスター。

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ローマの道祖神みたいなやつ

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ローマによりグロスターが建設されたのが紀元後90年代。五賢帝の最初・ネルウァ帝の時代らしい。

ピューリタン革命時の武器とか

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グロスターはピューリタン革命時、当初優勢だった国王派に包囲されるも持ち堪え、そのことが戦局を議会派有利に転換させたらしい。

ジョージ3世の国章

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ジョージ3世の治世は七年戦争で勝ち、アメリカ独立戦争で負け、ナポレオン戦争で勝ち、と激動の時代だった。彼自身が遺伝病に悩まされたこともあり、国政の主導権は議会が握るようになった。

 

街歩き

カテドラルへのpath。風情があるねえ

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お散歩日和。
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お兄さんに珍しく声をかけられたので、what are you up toと聞いたら宗教勧誘だった。おれはBuddhistだと言って逃げた。あながち間違いではあるまい

 

街の中に急に立派な廃墟が現れる。Greyfriarsという修道院跡らしい。アーチの形からゴシックとわかる。やはりヘンリ8世のdissolutionで解体されたようだ。

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この壁の裏でおっさんが立ちションしていた。

 

先述のネルウァ帝の像
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散歩にちょうどいい港。
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グロスターと韓国の関係。

朝鮮戦争のおり、イムジン河の戦いでグロスターの部隊が活躍したことを記念して、グロスターの丘と名付けられた場所があるらしい。
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まさかイギリスの田舎でイムジン河というワードを見るとはねえ。

イムジン河水清く〜滔々と流る〜
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水鳥自由に群がり飛び交うよ〜
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我が祖国東の地〜

 

はあ。イギリスまで来てなにをプラプラしてんだろうなおれは。参った参った。

まあいっか。人生の夏休みだ。

 

*1:神器なしで即位した後鳥羽上皇とちょっと似てるような気がする。時代も被ってるし。

イギリス古寺巡礼④バーミンガム大聖堂と鉄橋とラファエル前派

アイアンブリッジ

イギリス第2の都市・バーミンガムから西に30マイルの田舎に、このような鉄橋がかかっている。

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まあただの鉄橋なんだが、世界で初めて造られた鉄橋で、世界遺産なのだ。

橋をよく見ると、

This bridge was cast at Coalbrool=Dale and erected in the year MDCCLXXIX

と書いてあるね。

 

 

ではここで、ローマ数字を読んでみましょう。

イギリスを回っていると、美術館とかでローマ数字を見るんだよな。絵の額縁の年号の表記とかね。意外と単純だから、この機会に読み方を覚えてしまおう。

 ①M=1000、D=500、C=100、L=50、X=10、V=5、I=1

 ②大→小の並びなら足し算

 ③小→大の並びなら引き算(IはV、Xの前だけ、XはL、Cの前だけ、CはM、Dの前だけ)

 ④同じ文字を4つ並べちゃダメ

基本ルールはこの4つだけ。これで全部読めるし書ける。

MMXXVI→2026

MCMXLV→1945

MMCXII→2112

とかね。

Mまでだと3999までしか表せないじゃないかって?ローマ数字は年号とドラクエでしか使わないから、Mまで覚えときゃ十分なのだ。

 

 

閑話休題。ということで、この橋はMDCCLXXIXつまり1779年に造られた。コークス製鉄法を発明したエイブラハム・ダービー1世という人の子孫の、エイブラハム・ダービー3世が出資して造ったらしい。

この橋の架かっている峡谷は鉄鉱石の産地で、この周辺は産業革命時代に製鉄業の中心となった。資材の輸送効率を上げるために、この鉄橋が架けられたそうだ。

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現在は車は通れないが、人は歩いて渡れる。

 

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昔の料金所の中がちょっとした博物館になっている。

 

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付近にあるアイアンブリッジ峡谷博物館というところに行ってみたが、休館中であった。参った参った。

 

バーミンガム

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バーミンガム駅のOzzy牛。バーミンガム出身の有名人と言ったらOzzyらしい。

 

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モダニズム建築のバーミンガム図書館。

 

バーミンガム大聖堂

街の真ん中の大聖堂。

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まずこのファサードを見てほしい。塔の部分の内側にぐわっと湾曲した形、時計や横の窓の楕円形。これらは典型的なバロック建築の特徴だ。

この聖堂は、18世紀前半にトーマスアーチャーという建築家が、有名なイタリアのバロック建築家ボッロミーニの建築を参考に建てたものらしい。イギリスにもバロックがあるんだね。

 

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内装。正直内装のバロックっぽさはおれにはよくわからんが、柱や梁がむき出しのゴシックとは全然別物だ。アーチも尖ってない。

 

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そして、このステンドグラスは、ラファエル前派ブラザーズの1人、エドワード・バーン・ジョーンズの作品だ。バーミンガムはラファエル前派の活動拠点の1つだったようだ。

 

バーミンガム美術館

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ラファエル前派

というわけで、ラファエル前派を中心に展示しているバーミンガム美術館に行って、ラファエル前派を軽く勉強してみよう。

 

ラファエル前派Pre-Raphaelite Brotherhoodとは、19世紀半ばのヴィクトリア時代、ロセッティという画家が中心になって結成した芸術家集団である。主要メンバーはミレイハント

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ハント、ロセッティの肖像

 

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レスリー、ミレイの肖像(National Portrait Garelly所蔵。バーミンガム美術館以外の作品は所蔵先を書く。*1

しかして、ラファエロの前、ってのは、どういう意味なのだろうか。17世紀にルイ14世がつくったフランス美術アカデミーはラファエロの人物表現を芸術の模範とし、18世紀に設立されたイギリスのアカデミーもこれに倣った。要するに、「アカデミズム絵画」といわれるものは、ある意味では「ラファエロっぽく描く」作風だともいい得るのだ。少なくともロセッティらはそう捉えた。

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ラファエロ、アンシデイの聖母(National Gallery所蔵)

 

その上で、ロセッティらは、アカデミズムの潮流に縛られた絵画様式に対抗意識をもち、ラファエロより前、すなわち、初期ルネサンスやフランドル派らへんの時代の絵を参考にすべきだ、と提唱したのである。これがラファエル前派という言葉の意味である。

つまり、ラファエル前派というのは、19世紀に色々出てきたアカデミズムへの対抗運動の1つと捉えればよいだろう。美術の教科書だと、象徴主義の一分野として載っていることが多いと思う。

前も言ったけど、正統派への対抗馬ってのは、そもそもちゃんとした正統派の権威がないと生まれない。イギリスでこういうのが出てきたのは、18世紀後半のアカデミーがちゃんと成功して、イギリスにアカデミズム絵画が浸透したからなのであろう。

↓イギリスのアカデミズムの一例

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ゲインズバラ、朝の散歩(National Gallery所蔵)

↓フランスのアカデミズムの一例
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ドラローシュ、レディジェーングレイの処刑(National Gallery所蔵)

 

ラファエル前派の作風としては、色彩の鮮やかさ、細部を緻密に描くこだわり、イギリス古典を題材にするというロマン主義っぽさなどがある。細密描写はフランドル派を意識しているのかな。あと、風景描写に力を入れており、戸外制作に取り組んだ者もいたようだ。1850年代とかにやってるわけだから、印象派より先だったんだな。

 

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ミレイ、The Blind Girl 鮮明な風景描写。虹が2本あるけど、左の奴の色の並びがおかしいと指摘されて右の奴を書き直したらしい。


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ロセッティ、ベアタ・ベアトリクス。ダンテの戯曲が画題で、モデルは亡き妻。死のシーンらしい。アトリビュートがいっぱいあるが1つ1つの意味はおれにはわからない。背景はベネチアの街並み。

 

ちなみにベアタ・ベアトリクスは複数の版がある。↑はTate Britain所蔵。こっちの方が色が暗いが、画題にはこのくらいの暗さの方がマッチしているかもね。


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ロセッティ、La Donna della Finesta。遺作、制作途中。

 

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ハント、ヴェロナの紳士。非常に鮮やかな風景はやはり戸外製作。モデルは友達を使用。

 

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アーサーヒューズ、The Long Engagement。戸外制作。気候や虫とかに悩まされながらなんとか作り上げたらしい。

 

ミレイ、オフィーリア(Tate Britain所蔵)。風景とかドレスの模様とか、細部の力の入り具合がすごいな。英国古典を題材にするというロマン主義要素もあり。

ハムレットの話→シェイクスピア『ハムレット』(野島秀勝訳) - あかりの日記

女友達を風呂に浮かべてモデルにしていたら風邪をひいちゃった、という有名なエピソードがある。その女は後にロセッティと結婚し、べアタ・ベアトリクスのモデルにもなった。なんか人間関係がドロドロでヤダなあ

 

ロセッティ、プロセルピナ(Tate Britain所蔵)。ローマ神話の女神。

 

ロセッティ、受胎告知(Tate Britain所蔵)。神話や聖書の画題が多いのもラファエル前派の特徴といえる。ガブリエルと聖母マリアの静謐な表情。

 

ラファエル前派同盟自体は、ミレイのアカデミー準会員への選任と女がらみの揉め事で比較的短命に終わる。だが、前述したジョーンズやアーツ・アンド・クラフツでも有名なウィリアム・モリスなどがこの動きに賛同し(第二世代といわれる)、さらに世紀の後半にはウォーターハウスなどのフォロワーが現れた(第三世代といわれる)。

ジョーンズ、フィリスとデモフーン。こちらは水彩画。ギリシャ神話画題。男性ヌードとか女が男を誑かしてるとかが当時はNGだったらしく、水彩画展示会で酷評されたらしい。

 

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ウォーターハウス、シャロットの女(Tate Britain所蔵)。外の世界を見ると死ぬ呪いにかかったシャロットが、ランスロットっていうかっこいい騎士に惚れて外の世界を見ちゃって死んじゃう。みたいな話。多分。タペストリーなどを含めた細密描写はラファエル前派イズムを濃く受け継いでいるが、全体的な構成もおろそかにしていない。

ラファエル前派。全体としてややつかみどころがないような気もするが、アカデミズムへの対抗という潮流を作った重要な一派だったといえるだろう。

 

その他の展示物

植民地からの略奪品コーナー。

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6~7c、スルタンガーンジーのブッダ。インドのブロンズ像の中では現存最大級のものらしい。指も含めて欠損がなく、状態がよくて素晴らしい。んだが、客がやたらベタベタ触ってんのがかなり気になった。こっちでは仏像のおさわりはOKなのか?

 

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11c。simhanada lokeshvara「世自在王仏」の像。阿弥陀さんの法蔵比丘時代のお師匠さん。ガンジス沿いの遺跡で発掘。なかなか見ないポーズなのでヒンドゥーの神像かと思ったが、こういう仏像もあるのね。いつかインド行ってみてえなあ

 

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パキスタン

 

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フィジー

 

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この博物館には帝国主義時代の美術品蒐集に対する反省が随所にみられる。確かに美術品のレパトリには色々問題はあるんだよ。ある程度は先進国の大都市でまとめて見られる方がいいんじゃないか、とか、返したらちゃんと保存してくれるのか、とか。

 

オジー追悼コーナー。

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上の絵、ブリジットライリー。錯視を引き起こすOp Artというやつだ。60年代。

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抽象表現主義、minimal art、op art...戦後も芸術様式の展開は続いていて、美術の教科書では、あたかも新古典主義やら印象派やらとつながる系譜の末裔のように紹介されている。だが、おれは、芸術の中心がアメリカに移って、様式の呼び方が"~ism"から"~art"に切り替わったあたりに、なにか大きな断絶があると感じている。それは単純な「現代アート」という括りともまたちょっと違う気がするんだよな。デュシャンの便器とかはまだ旧時代のものってイメージなんだよ。だが、今のおれには、この違いの感覚を説明できるほどに現代アートの知識がない。参った参った。

 

Stafford Hoardという、Heptarchyの一つMercia時代の金貨とかが発掘されたらしい。

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バーミンガムの歴史。中世に交易都市として発展した後、産業革命の時代になると、付近の製鉄業の発展に伴い金属加工業が盛んに。ボタンとか銃とかが特産品だったらしい。

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バーミンガム。観光ならサクっと回れる。みんなも暇なら行ってみよう。

 

*1:Tate Britain、National Gallery、National Portrait Galleryなども既に何度か行ったので、記事を書きたいのだが、ちゃんと書くとめちゃくちゃ長くなるので着手できていない。しばらくは地方のちっちゃい美術館巡りで勘弁されたい。