アイアンブリッジ
イギリス第2の都市・バーミンガムから西に30マイルの田舎に、このような鉄橋がかかっている。

まあただの鉄橋なんだが、世界で初めて造られた鉄橋で、世界遺産なのだ。
橋をよく見ると、
This bridge was cast at Coalbrool=Dale and erected in the year MDCCLXXIX
と書いてあるね。
ではここで、ローマ数字を読んでみましょう。
イギリスを回っていると、美術館とかでローマ数字を見るんだよな。絵の額縁の年号の表記とかね。意外と単純だから、この機会に読み方を覚えてしまおう。
①M=1000、D=500、C=100、L=50、X=10、V=5、I=1
②大→小の並びなら足し算
③小→大の並びなら引き算(IはV、Xの前だけ、XはL、Cの前だけ、CはM、Dの前だけ)
④同じ文字を4つ並べちゃダメ
基本ルールはこの4つだけ。これで全部読めるし書ける。
MMXXVI→2026
MCMXLV→1945
MMCXII→2112
とかね。
Mまでだと3999までしか表せないじゃないかって?ローマ数字は年号とドラクエでしか使わないから、Mまで覚えときゃ十分なのだ。
閑話休題。ということで、この橋はMDCCLXXIXつまり1779年に造られた。コークス製鉄法を発明したエイブラハム・ダービー1世という人の子孫の、エイブラハム・ダービー3世が出資して造ったらしい。
この橋の架かっている峡谷は鉄鉱石の産地で、この周辺は産業革命時代に製鉄業の中心となった。資材の輸送効率を上げるために、この鉄橋が架けられたそうだ。

現在は車は通れないが、人は歩いて渡れる。

昔の料金所の中がちょっとした博物館になっている。

付近にあるアイアンブリッジ峡谷博物館というところに行ってみたが、休館中であった。参った参った。
バーミンガム

バーミンガム駅のOzzy牛。バーミンガム出身の有名人と言ったらOzzyらしい。

モダニズム建築のバーミンガム図書館。
バーミンガム大聖堂
街の真ん中の大聖堂。

まずこのファサードを見てほしい。塔の部分の内側にぐわっと湾曲した形、時計や横の窓の楕円形。これらは典型的なバロック建築の特徴だ。
この聖堂は、18世紀前半にトーマスアーチャーという建築家が、有名なイタリアのバロック建築家ボッロミーニの建築を参考に建てたものらしい。イギリスにもバロックがあるんだね。

内装。正直内装のバロックっぽさはおれにはよくわからんが、柱や梁がむき出しのゴシックとは全然別物だ。アーチも尖ってない。

そして、このステンドグラスは、ラファエル前派ブラザーズの1人、エドワード・バーン・ジョーンズの作品だ。バーミンガムはラファエル前派の活動拠点の1つだったようだ。
バーミンガム美術館

ラファエル前派
というわけで、ラファエル前派を中心に展示しているバーミンガム美術館に行って、ラファエル前派を軽く勉強してみよう。
ラファエル前派Pre-Raphaelite Brotherhoodとは、19世紀半ばのヴィクトリア時代、ロセッティという画家が中心になって結成した芸術家集団である。主要メンバーはミレイとハント。

ハント、ロセッティの肖像

レスリー、ミレイの肖像(National Portrait Garelly所蔵。バーミンガム美術館以外の作品は所蔵先を書く。*1)
しかして、ラファエロの前、ってのは、どういう意味なのだろうか。17世紀にルイ14世がつくったフランス美術アカデミーはラファエロの人物表現を芸術の模範とし、18世紀に設立されたイギリスのアカデミーもこれに倣った。要するに、「アカデミズム絵画」といわれるものは、ある意味では「ラファエロっぽく描く」作風だともいい得るのだ。少なくともロセッティらはそう捉えた。

ラファエロ、アンシデイの聖母(National Gallery所蔵)
その上で、ロセッティらは、アカデミズムの潮流に縛られた絵画様式に対抗意識をもち、ラファエロより前、すなわち、初期ルネサンスやフランドル派らへんの時代の絵を参考にすべきだ、と提唱したのである。これがラファエル前派という言葉の意味である。
つまり、ラファエル前派というのは、19世紀に色々出てきたアカデミズムへの対抗運動の1つと捉えればよいだろう。美術の教科書だと、象徴主義の一分野として載っていることが多いと思う。
前も言ったけど、正統派への対抗馬ってのは、そもそもちゃんとした正統派の権威がないと生まれない。イギリスでこういうのが出てきたのは、18世紀後半のアカデミーがちゃんと成功して、イギリスにアカデミズム絵画が浸透したからなのであろう。
↓イギリスのアカデミズムの一例

ゲインズバラ、朝の散歩(National Gallery所蔵)
↓フランスのアカデミズムの一例

ドラローシュ、レディジェーングレイの処刑(National Gallery所蔵)
ラファエル前派の作風としては、色彩の鮮やかさ、細部を緻密に描くこだわり、イギリス古典を題材にするというロマン主義っぽさなどがある。細密描写はフランドル派を意識しているのかな。あと、風景描写に力を入れており、戸外制作に取り組んだ者もいたようだ。1850年代とかにやってるわけだから、印象派より先だったんだな。

ミレイ、The Blind Girl 鮮明な風景描写。虹が2本あるけど、左の奴の色の並びがおかしいと指摘されて右の奴を書き直したらしい。

ロセッティ、ベアタ・ベアトリクス。ダンテの戯曲が画題で、モデルは亡き妻。死のシーンらしい。アトリビュートがいっぱいあるが1つ1つの意味はおれにはわからない。背景はベネチアの街並み。

ちなみにベアタ・ベアトリクスは複数の版がある。↑はTate Britain所蔵。こっちの方が色が暗いが、画題にはこのくらいの暗さの方がマッチしているかもね。

ロセッティ、La Donna della Finesta。遺作、制作途中。

ハント、ヴェロナの紳士。非常に鮮やかな風景はやはり戸外製作。モデルは友達を使用。

アーサーヒューズ、The Long Engagement。戸外制作。気候や虫とかに悩まされながらなんとか作り上げたらしい。

ミレイ、オフィーリア(Tate Britain所蔵)。風景とかドレスの模様とか、細部の力の入り具合がすごいな。英国古典を題材にするというロマン主義要素もあり。
ハムレットの話→シェイクスピア『ハムレット』(野島秀勝訳) - あかりの日記
女友達を風呂に浮かべてモデルにしていたら風邪をひいちゃった、という有名なエピソードがある。その女は後にロセッティと結婚し、べアタ・ベアトリクスのモデルにもなった。なんか人間関係がドロドロでヤダなあ

ロセッティ、プロセルピナ(Tate Britain所蔵)。ローマ神話の女神。

ロセッティ、受胎告知(Tate Britain所蔵)。神話や聖書の画題が多いのもラファエル前派の特徴といえる。ガブリエルと聖母マリアの静謐な表情。
ラファエル前派同盟自体は、ミレイのアカデミー準会員への選任と女がらみの揉め事で比較的短命に終わる。だが、前述したジョーンズやアーツ・アンド・クラフツでも有名なウィリアム・モリスなどがこの動きに賛同し(第二世代といわれる)、さらに世紀の後半にはウォーターハウスなどのフォロワーが現れた(第三世代といわれる)。

ジョーンズ、フィリスとデモフーン。こちらは水彩画。ギリシャ神話画題。男性ヌードとか女が男を誑かしてるとかが当時はNGだったらしく、水彩画展示会で酷評されたらしい。

ウォーターハウス、シャロットの女(Tate Britain所蔵)。外の世界を見ると死ぬ呪いにかかったシャロットが、ランスロットっていうかっこいい騎士に惚れて外の世界を見ちゃって死んじゃう。みたいな話。多分。タペストリーなどを含めた細密描写はラファエル前派イズムを濃く受け継いでいるが、全体的な構成もおろそかにしていない。
ラファエル前派。全体としてややつかみどころがないような気もするが、アカデミズムへの対抗という潮流を作った重要な一派だったといえるだろう。
その他の展示物
植民地からの略奪品コーナー。

6~7c、スルタンガーンジーのブッダ。インドのブロンズ像の中では現存最大級のものらしい。指も含めて欠損がなく、状態がよくて素晴らしい。んだが、客がやたらベタベタ触ってんのがかなり気になった。こっちでは仏像のおさわりはOKなのか?

11c。simhanada lokeshvara「世自在王仏」の像。阿弥陀さんの法蔵比丘時代のお師匠さん。ガンジス沿いの遺跡で発掘。なかなか見ないポーズなのでヒンドゥーの神像かと思ったが、こういう仏像もあるのね。いつかインド行ってみてえなあ

パキスタン

フィジー

この博物館には帝国主義時代の美術品蒐集に対する反省が随所にみられる。確かに美術品のレパトリには色々問題はあるんだよ。ある程度は先進国の大都市でまとめて見られる方がいいんじゃないか、とか、返したらちゃんと保存してくれるのか、とか。
オジー追悼コーナー。

上の絵、ブリジットライリー。錯視を引き起こすOp Artというやつだ。60年代。

抽象表現主義、minimal art、op art...戦後も芸術様式の展開は続いていて、美術の教科書では、あたかも新古典主義やら印象派やらとつながる系譜の末裔のように紹介されている。だが、おれは、芸術の中心がアメリカに移って、様式の呼び方が"~ism"から"~art"に切り替わったあたりに、なにか大きな断絶があると感じている。それは単純な「現代アート」という括りともまたちょっと違う気がするんだよな。デュシャンの便器とかはまだ旧時代のものってイメージなんだよ。だが、今のおれには、この違いの感覚を説明できるほどに現代アートの知識がない。参った参った。
Stafford Hoardという、Heptarchyの一つMercia時代の金貨とかが発掘されたらしい。

バーミンガムの歴史。中世に交易都市として発展した後、産業革命の時代になると、付近の製鉄業の発展に伴い金属加工業が盛んに。ボタンとか銃とかが特産品だったらしい。


バーミンガム。観光ならサクっと回れる。みんなも暇なら行ってみよう。