あかりの日記

おっ あっ 生きてえなあ

あのころのこと

狭くて汚いアパートに引きこもって、誰とも会わずに一日六法をめくって、「nhkにようこそ」のおんなじ場面を何度も何度も繰り返し視聴して、嫌儲で毒を吐いて寝る。たかだか1年くらいだったけど、あの時間に僕の青春が詰まってたんだ。

大学受験の時よりも、四国お遍路を回っていた時よりも、あるいは、他の人間と一緒に過ごしたどんな時間よりも、あの期間が僕にとっての青春だった。

受かったから良かった、とかじゃなくて、あの永遠に続くかのような閉塞感と自己嫌悪それ自体が快感だったんだ。あと一年続いてたら確実に狂ってたと思うし、もしかしたら僕はもう狂ってるのかもしれない。

 

今でも、部屋をまっくらにしてあのアニメを観れば、「ようこそ ひとりぼっち」を弾き語れば、あの頃の絶望感にたちまち戻れる。だけど、僕の絶望は今でも続いているが、やはりどこかもっと現実的な問題の前に、だんだんと薄れつつある。いつかは僕も忘れるんだろうか。それが僕にとっての幸せなんだろうか。

僕は何よりも、あのかけがえのない感情をおそらく誰とも共有できないであろう、ということに絶望してるんだ。この点で人間は究極的に孤独だといっていいと思う。例えばいつの日か、何かの間違いで僕が最愛の人と結ばれて、その人との間に子供なんかも産まれたとしてだな、そういう人たちに対して、僕はこのどす黒い感情にまつわる話を絶対にしてはいけないだろうし、もし仮に話したとて、絶対に分かってなどもらえないだろう。そのときの僕は、そんな辛い時のことなどもう思い出すことはないかもしれないが。

だけど今の僕はまだ、僕にそういうかけがえのない時間があり、何らかの強烈な感情を抱いていたことをよく覚えている。そのときの、消え入りそうなか細い毎日を送っていた自分のことを、地球上で僕だけは、その中身も含めて知っている。僕だけは、その頃の自分を抱きしめてやりたいと思うし、それと同じように、よるべない人生をずうっと続けている、例えば孤独な中年の男性達なんかも、同じように抱擁してやりたいと思うんだ。僕だけは。それが僕に与えられた役割なんじゃないかと思うのだ。今の僕は少し酔っている。