5月某日(金)。有給を取り京都へ。万博にかこつけて開催されている、関西3国宝展の行脚に向かう(※万博そのものには行きません。)。
有給、いつぶりだろう。ポチメゎ労務管理されない奴隷なので、40日ほぼ丸々あまってるゾ。おっ、あっ、くるしいめう、
京都国立博物館。豊臣家ゆかりの方広寺の跡地にある。国家安康、君臣豊楽。

平日の昼間っからジジババでごった返していた。展示数が約200と大ボリュームであり、かなり時間がかかったぜ。
目玉の展示品は、宗達の風神雷神図屏風や北斎の富嶽三十六景。風神雷神のキャプションには、「『琳派』なる概念は近代に創られた」みたいなことが書いてあったような気がする。興味深い。西洋美術のバロック、ロココとかに対応するような系譜を、こういう屏風絵とかに見出そうとしたってことかね。知らんけど。
国宝仏としては、安祥寺五智如来坐像がいた。9世紀後半の木像、いわゆる承和様式*1の作品だ。五智如来とは、金剛界曼荼羅*2に現れる如来。真ん中が智拳印を結んだ金剛界大日如来。静謐、厳格、密教風。表情等は神護寺五大虚空蔵菩薩等にも通ずるものがある。
国宝ではないが、宝誌和尚(重文)や、范道生の羅睺羅尊者(撮影可)がいた。范道生は中国人の黄檗僧。黄檗宗は仏像も独自の様式を持っており、黄檗様*3などと言うのだそうだ。


羅睺羅尊者、髪の毛が生えてるんだぜ。展覧会の仏像の醍醐味は、後ろから観ることだ。寺にいるやつは前からしか観れないものも多いからな。
他のものでいうと、仏画が多かった。国宝だと、十二天像、六道絵など。展示期間の関係で雪舟が見られなかったのは残念だったな。
時間が余ったので東寺を観光。

大師堂の大師像・不動明王像(国宝)は見られなかったが、国宝・五重塔の中を見学できた。

堂内の心柱の周りには4体の如来像がある。心柱を大日如来とする五智如来ということなのだろう。
講堂の立体曼荼羅は別当・空海指揮のもとに作成された仏像群で、承和様式の代表作。五智如来、五菩薩、五大明王に、四天王と梵天・帝釈天の合計21体が、スキのないマンダラを構成する。五智如来以外の16体は全て国宝で、うち15体は創建当時の姿をとどめる。すばらしく静謐な密教空間だ。
宝物館の千手観音像・国宝兜跋毘沙門天や、国宝十二天屏風も鑑賞。毘沙門天は異国情緒あり。十二天って結構ポピュラーな画題なんだな。有名な両界曼荼羅は公開されていなかった。

こういう解釈でいいのか?まあいいか。
おん、あぼきゃ、べいろしゃのう、まかぼだら、まに、はんどま、じんばら、はらばりたや、うん。四国お遍路で数百回唱えたのでよく覚えている。密教寺院に行くと、おれは四国や高野山を思い出す。また行きたいものだ。


南大門・金剛力士像。こちらも参照*4。実物を観ると、門のワクに対しての造形のコンセプトの違いがよくわかる。

大仏殿の前には、創建当時の八角燈篭(国宝)が残り、その表面には音声菩薩が彫られている。大仏殿は、平安末と戦国期の2回焼けているが、この精巧な彫刻が残ったのは素晴らしいことだ。


大仏殿に鎮座する大仏は江戸時代再建だが、国宝である。創建時の姿が残る台座には、大仏のモチーフたる華厳経の蓮華蔵世界が描かれる*5。虚空蔵菩薩と如意輪観音(いずれも重文)がわきを固める。
大仏のふもとの台座のレプリカの前で、同行者に、「蓮華蔵世界ってはね(ニチャア」とウンチクを垂れていたら、外人のオバハンにどついて押しのけられた。まあ邪魔なところにいて申し訳ないんだけど、どいてほしいなら口で言えよ(怒)
階段を上ると法華堂の諸像がある。不空羂索観音像と、金剛力士、梵天、帝釈天、四天王像は、いずれも8世紀半ばの脱活乾漆像であり、国宝である。不空羂索観音は複雑な像様を見事にまとめた抜群の完成度だ。合掌する掌の間には水晶?が挟まっている(意味合いについてはいつか調べたい。)。光背が若干低いが、後世に作り直されたもののようだ。観音の奥には、同じく国宝の塑像・執金剛神がいるが、秘仏であり、見られなかった。
続いても国宝・戒壇堂の四天王像を拝観。これも8世紀の塑像であり、もともとは、後述する伝日光・月光と共に、法華堂の不空羂索観音の脇侍だったらしい。神聖なる戒壇院を憤怒の形相で守るが、よくみると広目天・多聞天の表情はかなり写実的。わずかに残る着彩が往時の色鮮やかな姿をうかがわせる。おれもここで受戒してえなあ。

東大寺ミュージアムでは伝日光・月光菩薩立像を拝観。こちらも国宝、天平塑像の傑作(国宝ありスギィ)。木像の千手観音像(重文)の迫力も立派であった。なぜこれ国宝じゃないんだろうか。
長くなってきたのでいったんここで切る。