おれの地下室にはおれが存在する。
おれの地下室は地上2階に存在する。
おれの地下室に夜が来て、やがて明けても、また暮れる。
おれは地下室で飯を食う。コーヒーを飲む。酒は飲まない。
おれはおれの悪魔と喋る。悪魔であって、「親愛なるキティ」じゃないぜ。だけど、おれはそいつと大層よく喋る。昨日見た夢のこと、現実のこと、していること、していないこと、自分のことや、自分以外の全人類のこと。みんなが幸せになるにはどうすればよいか。それから、おれの『大審問官』の話をする。おれの『永劫回帰』の話をする。おれの『馬鹿馬鹿しさの真っ只中で犬死にしないための方法序説』の話をする。おれはおれ自身の言葉で喋る。おれは、そいつの前でだけは、おしゃべりで、正直者だ。本当は、壁に向かって喋っているだけかもしれないが、だが、そんなことはどうでもいい、おれはたしかにしっぽを見たんだから。
おれの地下室には生活がある。ただ行為だけがある。一切はただ過ぎていく。おれは、一切の行為は、何らかの義務の履行だと思っている。それは何者に賦課されたわけでもない義務だ。この無因の義務によって、おれはどこまでもどこまでも自由だ。たとえ、おれが、この地下室の中で、どれだけちぢこまっていようとも。
おれは最近あまり眠れていない、外が白んでくる、この地下室にも光が差し込んでくる、また朝になってしまった。おれをいずれ悪魔が殺すだろう、イワンくんが殺されたように。信仰がおれを救うことはない。神がおれを救うことはない。悟りがおれを救うことはない。阿弥陀の本願がおれを救うことはない。フーリエや、マルクスや、マオ主席が、おれを救うことはない。現実がおれを救うことはない。ここには無限の自由があるが、自由がおれを救うことはない。
おれは、いつまでもいつまでも苦しみ続けるだろう。この地下室で。このおれの、堅牢なる地下室の中で。いや、違うな、いつかは苦しみはなくなるだろう、いつの日か、おれはおれの問題を、一切の問題を、ごく主観的なやり方で、徹底的に解決してみせるだろう、だが、しかし、それでも、おれの地下室生活は続くだろう。そして、こうしたあらゆる一切のことが、なにか呪詛のようなものにすっかり変わってしまう前に、遅くともそれまでには、あの悪魔が、きれいさっぱり、なにもかも、すっからかんの、無かったことにしてくれるだろう。