あかりの日記

おっ あっ 生きてえなあ

西安・敦煌に行ってきた話④

 

6日目 驪山周辺

兵馬俑

兵馬俑はツアーやガイドをつけず、自力で観光した。

兵馬俑西安市街の北東40キロほどで、鐘楼周辺からタクシーで50分くらい。地下鉄でも行けるが、2時間くらいかかる。タクシーでも2~3000円くらいなので十分安い。

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兵馬俑の観光方法については、よく情報収集をしてから行くことをお勧めする。

 

★中国の公共施設の予約

兵馬俑や博物館などは、ウィーチャットの公式アカウントから簡単に予約できる。

…かと思いきや、外国人観光客には落とし穴がある。大抵の場合、中国の携帯電話の番号がないと予約できないのだ。それどころか、現地のチケット売り場で買う場合でも、中国の電話番号を求められることがある。そんなん持ってないよ(笑)

こういうとき、現地購入であれば、チケット売り場の人が自分の電話番号を入力してくれてなんとかなることが多い。この方法はルール上はグレーかもしれないが、こうするしかないから仕方ないよね。

 

まず、入口につくと、通訳ガイドの勧誘が集まってくる。1人150元で日本語のガイドをすると寄ってきたおばちゃんがいた。おれ達はネットで、中に日本語の音声ガイドがあることや、通訳ガイドをつけると色々押売りされることを調べていたので、これを断った。

しかしながら、入場すると音声ガイドは英語と中国語しかなく、英語のガイドを借りることとなった(40元、デポジットあり)。まったくネットの情報は当てにならん。

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入場すると小さいバス(有料)で坑に移動。入口をわざと観光施設から離れたところに作って、施設内の移動に小銭を取るのが、中国の観光地あるあるらしい。土地が余ってるからこそできる芸当だ。

 

中に入ると、1号坑、2号坑、3号坑、博物館の4つの施設がある。

最も有名なのは1号坑であり、人でごった返している。

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1体1体顔つきや服装、髪型が違い、身分の違いなどを表している。もともとは天井がついていたのが、火災で焼失したようだ。

レンガは中国に残るもっとも古いものらしい。

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1974年に地元住民が井戸を掘っているときに発見されたらしい。

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坑内では現在も発掘や修復作業が続いている。破片を発掘して組み直すのは気の遠くなる作業だろう。

それにしても1号坑はすごい広さである。人をかき分けながらというのもあるが、1周するのに2時間くらいかかってしまった。

 

先に3号坑を見る。ここはチャリオット(戦車)が有名だ。坑の形も独特であり、その壁面には、玉門関などと同様、版築の技法が使われているらしい。

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像には文字が記載されている。始皇帝が統一した篆書だ。この文字は作成者の名前であり、像に欠陥があったときに責任を取れるようにしているらしい。ヒエッ

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続いて2号坑に入る。1号坑と異なり、天井部分が現存していて、坑内はあまり見られなかった。

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このしゃがむ弓兵はかなり状態がよく出土したようで、兵馬俑の代表的なキャラである。ラッキーボーイ君とも呼ばれているらしい。

しかして、国内のツアーの団体でどこもごった返している。外国人観光客はあまり見かけない。

 

博物館では秦の歴史や始皇帝陵の成立ちを勉強。

商鞅の変法

天下統一

驪山陵の全体像

兵馬俑の西の驪山には、一つの都市ともいえる規模の巨大な地下宮殿・始皇帝陵があり、兵馬俑はその守りとして置かれた。兵馬俑はごくごく一部ってわけだ。始皇帝陵の発掘はかなり進んでいるらしい。

地下宮殿の排水設備

地下宮殿の瓦

 

この始皇帝陵の建設は始皇帝の生前から進められたようだ。

始皇帝は中国を統一すると、文字・度量衡・道幅・通貨などの統一事業を行う一方、匈奴の遠征や巡幸、そしてこのバカでかい墓の建設などに民を動員し、苦しめた。そのため、彼の死後、秦朝は瞬く間に崩壊してしまう。

武器などの出土品

結局日本語ガイドはなくて大丈夫だった気もするが、やはりつけた方がよかったのかもしれない。おれにはまだ正解が分からない。

じっくり見ていたら、全体で5時間くらいかかってしまった。あまり予定を詰めていなくてよかった。

兵馬俑を出ると、広大なお土産・食事エリアが並ぶ。だが…食事はあまり期待しない方がよい。お店の名誉のために店名などは伏せるが、おそらくあのエリアのどこで食べても同じような感じだろう。近くに他に飲食店も見当たらず、やむを得ない。

 

★中国のたばこ事情

(おれは吸わないが、)少なくとも西安敦煌では、街中、飲食店、駅のホーム、至るところに灰皿が置かれ、基本的に吸い放題である。ただし、駅では手荷物検査でライターが没収される。

中国のたばこの値段はピンキリであり、安いものは4~50元くらいだが、細くてすぐ燃え尽きてしまうらしい。

 

華清池

そこから驪山のふもと・華清池へ移動。

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華清池は玄宗楊貴妃の別荘の温泉地として有名。

なにやらショーをやってた

貴妃の好物・ライチ。広東から早馬で届けさせた

楊貴妃と驪山ロープウェイ

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左から、太宗、玄宗楊貴妃の風呂。

 

ロープウェイで驪山を上ってみた。

山頂からの眺め

 

華清池は、蒋介石が囲剿のときに泊まった別荘地でもある。そして、ここで1936年に西安事件が起きた(詳しくは石川禎浩『革命とナショナリズム 1925-1945』 - あかりの日記)。そのときの弾痕が未だに残る。

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蒋介石の風呂

弾痕はこれ以外も複数残っており、襲撃の激しさを物語る

映画館が併設され、西安事件の映画を上映中。

 

夜は西安市内で、マーラータンを食ってみる。自分で具を選ぶスタイルで難易度が高かったが、なんだかわからない具を適当にほいほい入れて頼んでみた。おいしかったし、お店の人も気さくで(言葉は全く通じないが)良い店だった。

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★中国のお店事情

あまり西側資本がない。飲食店だけでなく、服や宝石など、あらゆる面において、外国資本があまり見当たらない。日本料理店もほぼ皆無である。スシロー、ラーメン屋、セブンイレブンユニクロ…とずらっと並ぶバンコクシドニーと比べると差は歴然だ。まあこれは、西安がいち地方都市だからかもしれないが。

ただし、マクドナルドとケンタッキーは沢山ある。

 

続く