その寺は東京都青梅市にある。


その際、行基が、船型の地形になぞらえて、塩船と名付けたらしい。ほんとかよ。

が、あんまり咲いていなかった。もう終わっていたのかも。
丘の上には大観音がいる。

おん、あろりきゃ、そわか。
真言宗醍醐派の寺なので。
荒廃していた寺を再興するため、総本山醍醐寺の支援を受けて、昭和40年代にツツジが植えられ、平成22年に大観音が建てられたとか。
本堂の二十八部衆(重文)を鑑賞。古いものは鎌倉時代初期の作だそう。

本尊の千手観音は公開していなかった。いずれ拝みたいものだ。
おん、ばさら、たらま、きりく、そわか。


(俺が撮ったものではないが)
そのあと、立川の昭和記念公園を散歩した。

(俺が撮ったものではないが)
ネモフィラがたくさん咲いていたが、それ以上に、人間がたくさんいた。参った参った。
連休にどっと繰り出す労働者。
連休が終われば労働に戻る。
来年もまた、どっと繰り出すのだろう。
ツツジもネモフィラも、去年も咲いていた。来年も咲くのだろう。
毎年、おんなじように繰り返して、いつか死ぬ。死んだらまた誰かが同じようにやる。それが無限に続く。
そこら辺に生えてる草や花と変わらん。法華経だかに、そんな例えがあったよな。
輪廻転生。
無数の命が生まれては死ぬ。たまに、恵みの雨がばーっと降って、それを受けて、皆それぞれの形で、ただ生えている。狭いとこにぎゅう詰めに生えている。死んでもそこにまた生えてくる。特に意味もなく、ひたすらに繰り返される。
俺は、輪廻という考え方は、(アートマンの輪廻を認めるかはともかく、)ただのおとぎ話じゃなくて、現実世界の一つの素朴な解釈じゃないかと思う。そして、なかなかによくできた解釈じゃないだろうか。どうだろう?