幕末のマイナーキャラの短編集。
・王城の護衛者
動乱の時代をサバイブする能力を欠いていたと言わざるを得ない。そういう人物という評価をされている。
殿様に対して失礼かもしれないが、俺はこの人に同情する。人類の歴史というものは、数多くの無名の「凡庸な堅物」によって支えられてきたのだ。華々しい活躍はできないが、秩序を重んじて、はみ出ない。華々しい人が作った秩序を、粛々と守る人がいるからこそ、体制が維持されるのだ。この人も、平和な時代に生まれたら、名前は残らなかったにせよ、きっと自分の仕事を立派にやり遂げていたはずだ。たまたま動乱の時代に生まれ、たまたまお鉢を回されたせいで、逆賊の汚名を受けてしまった。なんてかわいそうなんだ。
俺自身、この平和な現代日本で木っ端役人をやっているが、乱世になったらまるで役に立たないだろう。凡庸なガワの人間の1人として、この人に代わって、弁明したくなってしまった。
・加茂の水
岩倉具視と組んで陰謀の糸を引いた玉松操の話。
…いや、誰すか。
歴史小説家にはリサーチ力が問われる。著者はそれがうまい。もちろん、歴史学者からは、資料の信憑性があやしいとかいわれているけれども、しかし、「面白い小説を書くためのネタ」の収集力でいったら、著者の右に出る者はいないのではないか。
・鬼謀の人
長州の火吹きだるま、大村益次郎の話。
俺たちはみんな、「どこか欠けている天才」の話が好きだ。ときとして、自分にも欠けたところがあるからこそ、その分、隠れた天賦の才が眠ってるのではないか、と、夢想したりする。おれは超のつく運動音痴なんだが、中坊の頃は、「自分は運動音痴である、だからこそ、現代のヤン・ウェンリーなんだ」とか、本気で思ってたんだぜ。
お前らにもそういうのあるだろ?
え、俺だけか。そうですか。
いずれにしろ、実際はそうではない。俺もお前も、ちょっと欠けたただの人だ。それに、仮に本当に天才だったとしても、だからといって、欠けている部分が許されるわけではない。火吹きだるまさんも、その欠けたところに足を掬われた。
「花神」もいつか読んでみようかな。
・英雄児
小国長岡の英雄、河井継之助の話。
この人も、司馬遼太郎が「発掘」した偉人って感じがする。俊才ではあったが、生まれた場所が田舎すぎた。
・人斬り以蔵
現代の凶悪犯罪者にも通ずるところがある。抑圧、排除、差別、そういうのが心の歪みをうむ。
昔はこの手のやばい奴も身分次第では刀をぶら下げてそこら辺を歩いてたんだよな。怖い話だ。
