★略史(上巻の範囲まで)
土方歳三はバラガキと呼ばれた乱暴者で、天然理心流の試衛館道場に通う剣客。近藤勇以下、門弟に沖田総司、井上源三郎、山南敬助、食客として永倉新八、原田左之助、藤堂平助、斎藤一ら。
黒船来航以来、尊王攘夷派の活動が京を中心に盛んになっていた。1862年、将軍家茂の上洛に際し、浪士清河八郎の案で、将軍警護のための浪士隊を募集することに。近藤以下の試衛館グループや、水戸からの芹沢鴨らのグループが参集した。土方は上洛に際して、名刀和泉守兼定を携行した。
浪士隊は内部分裂し、清河以下、近藤派と芹沢派以外は江戸に帰る。近藤・芹沢らは壬生に駐屯すると、芹沢のコネを使って、京都守護職松平容保から京の警護を任され、会津藩お抱えの組織「新選組」となった。局長近藤、芹沢、新見錦(芹沢派)、副長土方と山南。
新選組は隊士を募り、京の警護に奔走するが、芹沢らは市街で乱暴狼藉を働いた。もともと芹沢派と折り合いの悪かった近藤派は、会津藩から芹沢暗殺の密命を受け、これを実行する。芹沢派を一掃した近藤派は、土方の献策で、局長近藤、総長山南、副長土方とし、厳格な局中法度を制定して組織を再編した。
新選組はめざましい活躍を見せる。8月18日の政変の後、失地回復を目指す長州の攘夷浪士が、京を焼き討ちしてそのすきに天皇を攫う計画を立てたが、新選組はこれを察知して阻止。池田屋で攘夷浪士を一網打尽にした(池田屋事件、1864年)。その後、逆上した長州軍が京に攻め上ると、新選組は薩摩、会津、一橋などの軍勢とともに京を警護し、撃退した(禁門の変、1864年)。池田屋の活躍で新選組の名は天下にとどろいた。
さて、江戸から、北辰一刀流の伊東甲子太郎以下の一派が入隊することとなった。もともと同門であった藤堂平助が誘ってきたのである。伊東は尊王攘夷論を唱えて隊内で支持者を増やし、同門である山南などとも付き合い始めた。その中で山南が脱走し、局中法度に従って切腹することに。伊東の心は次第に倒幕に傾き、組は近藤・土方派と伊東派の分裂の様相を呈してきた・・・
★感想
現代の新撰組人気は司馬遼太郎が作ったもの、と聞いたことがある。薩長からみれば新選組は旧体制の秘密警察みたいなものであり、明治以降は悪者扱いだったらしい。そこから、2、3、新選組を扱った作品はあったが、ブームの火付け役となったのは司馬遼太郎のこの作品、ということらしい。
それなので、現代の我々が親しんでいる新選組隊士というのは、歴史上の人物というよりは、司馬遼太郎の創作上のキャラ、という側面が、多分にある。現に、俺はこの小説を読んで、なんというのかな、初めて読んだ感じがしなかった。登場人物のキャラを、なぜか、俺は既に知っているのである。特に沖田など、あの漫画のあいつそっくりである。いやほんとに。それだけ、この作品が、後世に直接ないし間接の影響を与えたということなのだろう。
