あかりの日記

おっ あっ 生きてえなあ

竹田青嗣『ニーチェ入門』①

神なんか必要ねえんだよ。

年始1冊目はニーチェだ。

この本は俺が高校生の頃に読んだものだ*1。年末に帰省したおりに発掘した。高校生の俺の、恥ずかしい書き込みが残っていた。後から読み返して恥ずかしい気持ちになるために、俺は書き込みを残している(このブログを書いているのも同じ理由だけど。)。俺は買った本をぐちゃぐちゃにしてしまうので、売れない。だから、どんどん溜まっていってしまうのだ。ろくに読み返しもしないのに。

ディオニュソス的芸術

ニーチェは大学で古典文献学の才能を見出され、弱冠25歳で教授になる。そして、ギリシア古典の研究の論文として、処女作である「悲劇の誕生」を執筆する。

しかし、この「悲劇の誕生」は、古典文献学の皮を被ったワーグナー批評であり、厳密な論理性を重んじる古典文献学界から総スカンをくらう。数年後、ニーチェは失意のうちに学界を離れ、在野の哲学者として活動することとなる。

さて、この「悲劇の誕生」は、当時流行りのショーペンハウアー哲学に影響を受けつつも、ニーチェ独自の思想が表れている。それが、芸術を「アポロン的」と「ディオニュソス的」に分類することだ。

アポロンディオニュソスは、それぞれギリシア神話の神である。アポロン神は光明と芸術を司り、ディオニュソス神は酒精の神である。アポロンは混沌に形を与える力を、ディオニュソスは秩序を混沌に戻す力を象徴する。

ディオニュソス的芸術とは、悲しみに満ちた現実を受け入れ、それをそのまま然りと言う芸術のことであるらしい。

また、芸術の中にも種類がある。造形芸術(彫刻、絵画、詩など)は、感覚を間接的に伝えるのみであり、ディオニュソス的なる感覚を最も直接的に伝えるのは音楽らしい。

この芸術評自体はふーんという感じだが、「ディオニュソス的」という態度は、この後のニーチェ哲学にも通底する態度である。

キリスト教批判

中期のニーチェキリスト教への手厳しい批判を展開する。その批判は「道徳の系譜」に最も鮮明に表れている。

ニーチェの生きた19世紀中頃のヨーロッパは、科学や近代哲学の発展により、それまでヨーロッパを支配してきたキリスト教の権威が失墜し、ニヒリズムが蔓延していた。ドストエフスキー的にいうと、「神がいないのならば、全てが許されている」というやつである。しかし、ニーチェに言わせれば、ニヒリズムの根源はキリスト教そのものの中に内在していたのだという。どういうことか。

人間は自然的、生来的な感覚として、優れているものを良いと評価する。良い(Gut)という評価は、本来的には、他者からの評価ではなく、優れた者の自己評価である。しかし、キリスト教は、これと真逆の価値観をもち、それを人々に植え付けている。すなわち、他者のために行為することが絶対的に正しく、自らの欲望を満たすために行動することは絶対的に間違っている(これを「禁欲主義的理想」と言ったりする。)。強いものは悪であり、そうであるから、弱い我々は正しいのである。

キリスト教のこの価値観は、弱い者のルサンチマンから来ている(このように、流布している道徳や価値観の起源や隠れた動機を探るような思考法を、ニーチェ自身は「系譜学」と呼んでいたらしい。)。ニーチェはこれをユダヤ人の思考から来ていると述べる*2キリスト教に限らず、世界宗教は皆、道徳の絶対性を説いて、人々のルサンチマンを組織することによって普及してきた。

道徳の起源がルサンチマンであったとしても、道徳それ自体が有用なものであれば別にいいんじゃね、という気もするが、ニーチェによれば、ヨーロッパにおける禁欲主義的理想に根付く道徳は有害なものであるとのことである。それは、この道徳が上述した人間の自然なあり方に反しているからだ。それかなぜダメなのかは、次の超人思想のところで掘り下げる。

キリスト教の道徳はどこに行き着くか。人間の苦悩は、キリスト教という物語を通して、生きる意味(目的・統一・真理)を見出した。しかし、人間は、その意味をどこまでも誠実に探求しようとした。その結果として、近代科学や哲学が生まれ、そして、最終的に、世界はその彼岸には何もない、という事実を解明してしまった。

その先にあったのが、ヨーロッパのニヒリズムである。人間の自然を否定するキリスト教の論理は、必然的にニヒリズムに到達する運命だったのだ。ニーチェは、これを克服する方法を考えた。それが超人と永劫回帰の思想だ。

俺の言葉で表現すると、「神とか真理とか、自分の外側に生きる意味を設定する思考法は、突き詰めていくと「そんなものはない」という考えに辿りついて、絶望に至ってしまう。」という感じだろうか。

 

長くなってしまったので、続きはまた今度書く。

 

なお、少し話を先取りするが、俺の思ったことを書いておく。19世紀のニヒリズムをどう克服すべきかという問題について、ドストエフスキーは、キリスト教に回帰するという手段をとったと思われる(罪と罰カラマーゾフ)。ニーチェキリスト教が嫌いなので、また別の方法を選んだが、俺が思うに、本質的にはドストエフスキーと変わらないように思われる。つまり、キリスト教に代わる新しい信仰、新しい形而上学を作ろうとしたのだ。それが超人と永劫回帰だ。

 

んで、俺が気になるのは、2025年に生きる俺たちがレトロスペクティブに見て、19世紀のニヒリズムは結局どのように克服されてきたのか、ということだ。まだ克服されていない、という人もいるかもしれないが、俺が思うに、流石に200年も経っていて、その間色んな人が色んなことを考えてきたので、この問題には、完全にとは行かないまでも、一定の解決がみられているんじゃないか。

俺の管見なのだが、この問題は、「思想」というものそれ自体の超克、という形で解決の方向に向かっているのではないか。古代や中世の人類は、信仰がないと生きてこれなかった。近代に入り、信仰を喪失した人類は、その埋め合わせをしようと、思想や哲学を発展させた。そして、現代の人類は、神も哲学もなくても、自己を肯定して他人と協調して、前向きに生きているように思われる。人間の思考のリソースは、形而上のものを考えなくなった代わりに、プラグマティックな課題により多く割り当てられるようになっている。ある意味では、ニーチェの目的は達成されつつあるのではないか。それも、永劫回帰とかそういう新しい形而上学を介することもなく。

もしそうだとして、なんでそれが実現されたか、ということについても、いくつか俺なりに想像しているのだが、流石に脱線しすぎなので、この話はまた今度にしよう。

 

*1:俺とニーチェの浅い関わりについては、ブランキ『天体による永遠』 - あかりの日記でも少し触れた。

*2:俺としてこの主張を肯定するつもりは一切ないが、ユダヤという民族が歴史的に見れば有数のいじめられっ子であった、ということは所与の前提としてよいだろう。笈川博一『物語 エルサレムの歴史ー旧約聖書以前からパレスチナ和平まで』① - あかりの日記