あかりの日記

おっ あっ 生きてえなあ

ブランキ『天体による永遠』

 

問い。人は、無限の時間を持て余すとどうなるのか。

答え。宇宙のことを考え始めるのだ。

古代インド。アビダルマ仏教のお坊さんたちは、ヒマにまかせて、須弥山を中心とする壮大な宇宙を妄想した。革命家ブランキの獄中の妄想も、なんだかアビダルマ的だと俺は思う。アタマの中だけで作り上げた、妄想の宇宙。19世紀人の思惟。発展途上の科学は、まだ人類に妄想の余地を残した。というかまあ、今俺たちの信じているビッグバンやら何やらも、妄想なのかもな。

彼の論旨はだいたいこういうことだ。①宇宙は無限の空間と時間からなるが、物質を構成する元素はだいたい100種類しかない。それであらゆる物質が構成されている。②恒星は生命を含む活動の源泉たるエネルギーを発する。それはいずれ燃え尽きて凍結するが、彗星との衝突により復活する。無限の空間と時間の中で、恒星と惑星の死と復活とが、永久に繰り返されている。③①と②から、材料が極めて限られているのに、発生が無限に繰り返されているってことになるが、そうすると、有限のパターンからなるあらゆる出来事は、無限に繰り返されているんじゃないか。俺たちもどこかで既に誕生したオリジナルのコピーにすぎず、宇宙のどこかには無数の俺が同時に存在し、かつ、人生のあらゆる瞬間を同時に経験し、さらには、俺の人生で起こり得たあらゆる可能性は実現している。いのちに進歩などはなく、ただ、無限に、無数に、繰り返しているだけだ。あらゆる分岐や可能性は既に起こっているし、これからも起こり続ける。今ここにいる俺は、その無限の俺の中のたった一人にすぎない。

まず、俺は文系なので詳しくないけど、現代の科学からすると、多分、彼の思考は間違っていたのだろう。宇宙には始まりと終わりがあり、有限のサイズがあり、めちゃくちゃ広いが、彼が想像したほど広くはない。そして、カオスとかいうんだっけ、自然現象ってのはほんのちょこっと条件が違うだけでもう全く違う結果になるらしいので、宇宙が有限であることを前提とすれば全くおんなじことが起こってるかはあやしいし、あと、宇宙はだんだん冷えていっていて、熱平衡とかいうんだっけ、そのうち完全に凍結して、何も起こらなくなる時が来る。たしか、そうなんじゃなかったっけ?違ったかな。

まあそれはいいや。彼の思考、これは、彼の革命家としてのキャリアとはあんま関係ないらしい。まあ政治思想は一切出てこなかったからな。ただ彼の思考は、きわめて絶望的である。想像力の陥穽。少なくとも俺にとってはそうだ。決定論の一種って感じだけど、現に起こったことだけじゃなくて、起こらなかったことも含めて、全てはこの宇宙のどこかで実現している。「運命」的なものからのあらゆる逸脱が先回りして封じられている。あとがきによると、ニーチェ永劫回帰の思想に近いらしい。19世紀、「無限」に憧れた時代特有の思惟なのかなあ。

ニーチェニーチェなあ。俺は学生の頃、イキってニーチェを少しだけかじってたんだよな。その頃おれの好きだった女の子がいて、とても絵の上手い子だった。その子が何かの機会に描いた絵がね、学校の玄関に飾られていた。その絵は、何が描いてあったかもう忘れちゃったんだけど、何かすごく恐ろしくて、破滅的な絵だった覚えがある。それだから、俺は、「ディオニュソス的」ってのは、こーいうのをいうのかなあと、大真面目に考えていたのだ。笑っちゃうだろ。それで俺は、それがもうほんとうに怖くて、学校に玄関から入れなかったのだ。毎日裏口からこっそりと登校していたのだ。ほんとの話だ。気持ち悪いだろ。

まったく、なーにが「永劫回帰」だ、「ディオニュソス的」だ。こんな俺の、どこを切り取っても気持ち悪くて惨めな人生が、宇宙のどこかで無限に繰り返されているなんて、想像しただけでも吐き気がするんだ。あるいは、ウォータールーで勝ったナポレオンがいたように、玄関から登校できた俺もいるのかもしんないけど、そんなことはどうでもいい。どうでもいいことなんだ。あの時ああしておけば、とか、やり直したい、とか、そういうことが言いたいんじゃないんだ。断じて違う。とにかく俺は、ここに現在する俺の人生が無限に繰り返されているなんて、そんなのは、まっぴらごめんなんだ。宇宙は有限で「数え上げられる」ものだし、無限に繰り返すおれたちなんてのは存在しないんだよ。この世界には輪廻も天国もないが、それと同じように、「天体による永遠」なんてのもねーんだよ!残念だったな!俺たちは一回きり。暗ーい宇宙のチリの一粒。俺が無限にいてたまるか!死んだらそこで終わり、オリジナルもコピーもない、何も残らない。彗星なんて降ってこないし、太陽は一度死んだら復活しない。この一回は最後までやるしかないが、その代わり、どんなに酷くても、この一回きり!それが、俺たちのようなものにとっての、唯一の救いなんだ!わかったか!

はあ、はあ、はあ、