あかりの日記

おっ あっ 生きてえなあ

北野武『ソナチネ』

 

 

池袋の新文芸坐にて鑑賞。

 

俺はあまり映画を観ないが、北野監督の作品は比較的観た。その男、ソナチネ、キッズリターン、菊次郎、アウトレイジ三部作。北野映画の最大の問題点は、サブスクにないことだ。俺は、一部はツタヤで借りて観たが、それ以外は、まあ、察してくれ。んで、俺は、観た中では、ソナチネが一番好きだな。次点がキッズリターンかな。

だから、一度は映画館で観とかないと、と思って、はるばる池袋まで出かけたわけだ。やはり俺もなんていうか、負目はあるわけだ。まあ、察してくれ。というか、もう、早くサブスク解禁してくれよ。

 

新文芸坐はパチンコ屋の上の階に存在する。俺は、なんとなく、エレベーターを使わず、階段を登って、劇場に到着した。帰りも、階段で降りた。なんとなく乗りたくなかった。そういう映画だ(?)

 

あらすじ。ヤクザの村川(たけし)が、親分に騙されて、沖縄の抗争の手助けに行かされる。抗争は激化し、子分が一人一人死んでいく。海辺の隠れ家でつかの間の(といっても結構長い)休息を過ごした後、最後の戦いに臨む。

この作品、バイオレンスとその間に挟まれる海辺の遊びの描写のラウド・クワイエット・ラウドな感じとか、セリフをできるだけ省いた表現とか、キタノブルーをはじめとする映像美とか、そういう芸術性が評価されてるらしい。あと、音楽とか、有名な役者の若かりし頃とか、その辺りの点にも、視聴する価値があるとされている。

俺はというと、作品全体を流れる気だるい感じというか、なんか、もう、いいやどうでも、みたいな、あの空気感が好きなのだ。村川は冒頭から既にヤクザ稼業に、というか人生に嫌気がさしている。女の子に迫られてもにべもない*1。何回かある銃撃戦のシーンでは、生死がかかってるのに、巻き込まれた一般人も含めて、なぜか全員無表情で棒立ちだ。街中でいきなり撃ち合いが始まったら、意外とああいう反応になるのかね。ならねえか。まあいいや。

 

ああ。俺はもう近頃は色々と疲れちゃったのだ。ほんというと、俺はもう何もしたくないのだ。だけど、俺もまあ、よく考えたらやくざの下っ端みたいなものなので、 ある種のことは、やめてくださいよ、なんて言われてもやらざるを得ないし、偉い人にあすこ行けと言われたら行かなきゃいけない。そうして、「シマ」を守らねばならない。それでいて、やくざのように強くもない、ただの丸腰のヒョロガリときているから、救いようがない。久石譲のあのBGMが脳内でずっと流れてる。

 

ケン、やくざ、辞めたくなったなあ

なんかもう疲れたよ

 

いや辞めたくなってはいないけどさ。参った参った。

 

 

*1:俺が北野映画を好きな理由の一つに、あんま恋愛のシーンがないということがある。(俺が観てないだけで恋愛ものもあるようだが。)性欲が原動力になってない。キッズリターンとか顕著で、普通、あの年頃のガキがボクシングやるお話を書くとなったら、ほぼ確実に「モテたい」という動機を入れてくると思うんだが、その辺りが物語からすっぽり抜けている。意図的に省いてるんじゃないかと思う。俺は逆に、それにリアリティを感じて好きだ。それにリアリティを感じるのは俺が弱者男性だからかもしれないが、だとしたら、全ての弱者男性は是非北野映画を観るべきだ。